へなちょこフリーター日記

おもしろおかしく生きてきたいね

日帰り蒲郡旅行記 前編『愛知・形原温泉 あじさいの里』

 

6月は観光にもってこいの月である。

 

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日差しは日増しにきつくなっていき、湿り気を帯びた空気が顔に腕にまとわりついてくる、そんな季節になりましたね。

 

夏の気配があちこちから漂ってはいれど、セミがわんわん鳴きわめき、ヤブ蚊が猛威をふるう、地獄の釜が開くまでは、まだ時間の猶予がある …… !  出かけなければ !

 

6月といえば、なんといっても梅雨。外を出歩くのには向かないんじゃないの?  紳士淑女の皆々さまがそう疑問を抱いたとしても、なんら不思議でない。万事が万事楽しむ姿勢で生きているへなちょこフリーターとて、そぼふる雨はなかなかどうしてうっとおしいと感じる。

 

とりわけ、持ち運びに不便を要する傘や、アスファルトから靴へと元気に跳ねとぶ雨粒坊やたちのことを考えると、今日は家に居ようかな …… と、外出意欲が削がれることもしばしばである。

 

だが待てしかし。肌寒い季節を乗り越えて、体が本調子を取り戻してきた今、日によってはまだまだ堪えようのある暑さであるし、何より雨を嫌って外出を控える人間が多いということは、人混みを避けて観光を楽しめるということ …… !  このメリットを反故にするのは、あまりに惜しい …… 。

 

こんなときこそ楽しいたのしいお買い物の出番。毎日使うものではないからと、機能面を妥協してしまいがちだが、雨の日の充実度を左右されかねないレイングッズ選び、慎重に吟味をせねばなるまい。

 

買い物をする時のコツは、雨の日の、あの憂鬱な気持ちを、店頭にてリアルに思い描くことである。家に引きこもりそうになっている自分を、屋外へと駆りたててくれる救世主はいずこ。ためし履きをし、傘を閉じてはひらき、シュミレーションにシュミレーションを重ねるべし。

 

まず第一に濡れたくない。特に、足元の湿り気対策は重要だ。その上、デザインがよければ尚よい。ーー 今年は5月のうちに雨支度を済ませた。傘とレインブーツを新調した今、雨が降るのが待ち遠しくて仕方がない。

 

アジサイ見物は、まさに雨の日にもってこいの余暇の過ごし方ではなかろうか。青空よりも、薄曇りの寂しい色合いが、あの花にはよく似合う。

 

自宅の床に転がって、スマフォ片手に旅程を練りながら、今回は雨が降ってもいいなと思っていた。わたしはアジサイを見たかった。それさえ果たせるなら、天気がどちらに転ぼうと、きっといい旅になる。そんな予感に後押しされて、軽やかに電車に乗りこみ、旅をはじめた ーー 。

 

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5万株のあじさいに誘われて『形原温泉 あじさいの里』

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➡︎ 蒲郡駅からあじさいの里までは、直行バスを利用した。バスの往復代金 + あじさいの里 入場料で1000円のチケットを、運転手さんから購入( 蒲郡駅の観光案内所でも購入可能 )。

 

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➡︎ 場所柄と、朝一番の便  ( 9:40発 )  ということもあってか、ご年配の方々で賑わう車内。おばさまがたのはしゃぎようが尋常でなく、修学旅行のバスに乗り合わせてしまったかのような若干の気まずさを味わう。

 

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➡︎ 20分で発着場に到着。あじさいの里まで、ほんの少し歩く。

 

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➡︎ 平地に広がる公園をイメージしていたので、入園早々、目の前に広がるあじさいの壁に面食らう。受付で手に入れた案内図によると、かなり広い。とりあえず上を目指す。

 

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➡︎ あじさいの間をぬって階段をのぼっていくと、視界がひらけた。

 

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➡︎ 補陀ヶ池。「補陀」の意味が気になって、調べてみたところ、観音菩薩の降臨する霊場観音菩薩の降り立つとされる伝説上の山を「補陀落」というらしい。あしさいの里の東側には補陀寺という小さなお寺がある。あじさいの里も元々は寺院の敷地、だったのだろうか?

 

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➡︎ カメがいました。

 

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➡︎ 補陀ヶ池・西側の売店ソフトクリームや団子といった軽食のほかに、あじさいの株も販売されていた。

 

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➡︎ さらにのぼっていく。写真中央の白い三角形は「チャレンジの鐘」。訪れた人が自由に鳴らすことができる。寺院の鐘を思わせる質素な鐘の音が、あじさいの里の空気を震わせていた。

 

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➡︎ 「あじさいガーデン」。あじさいが洋風な配置で植わっているのは珍しい気がする。

 

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➡︎ 頂上と聞くと、登りたくなるのはなぜなんだろう。案内図には「見晴らし台」とあったが、特別に整地されているわけでも、看板が立っているわけでもなかった。あじさいの里で一番高い場所。

 

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➡︎ 見晴らし台からの景色。左の方に三河湾三河大島を臨む。

 

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➡︎ 個人的には見晴らし台よりも、頂上一歩手前の地点の方が、景色がよいような気がしましたが、いかがでしょう?

 

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➡︎ あじさいガーデンに戻ってきました。

 

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➡︎ あじさいの品の良さは、日陰のほうが映えるなあ。

 

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➡︎ 補陀池の南側では「日本のあじさい展」と称して、珍しい品種のあじさいを鑑賞できる。

 

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➡︎ 萼片の淡い色の移ろいが美しい『コットンキャンディー』。

 

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➡︎ 色数は少ないながらも、一見あじさいとは思えないような奇抜な配色の『ババリア』。

 

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➡︎ 補陀ヶ池の中に、道のような形の浅瀬が確認できた。何かしらの業務を簡便にする仕組みなのだろうか? 池の美しさとも相まって、参道のようにも思える。そうだったらば、浪漫があるのになあ。

 

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➡︎ 敷地内を反時計回りに一周して、入場口近くに戻ってきた。アラサーの脚力ならば、1時間あれば十分じっくり鑑賞できる。上下移動が多いので、足腰が弱いと楽しむのはむずかしいやも( 池の周囲だけとかならば大丈夫か? )

 

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➡︎ バスの発車まで少し余裕があった。補陀寺の仏さまにご挨拶させていただくことにした。寺の方の売店にはあまり人が立ち寄らないようで、売り子のおばさま方が上のあじさいの里を歩く人に向かって「あじさいの販売を行っていまーす! ぜひお立ち寄りくださーい!」と、はり上げる声がむなしく空に散っていく。

 

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➡︎ 補陀寺では、県の文化財に指定されている薬師如来馬頭観音が祀られているらしい。60年に一度、御開帳されるのだとか。

 

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➡︎ 補陀寺を後にし、雰囲気のある坂を下って、バスの発着場へ。右にできているのは、駐車を待つ車の列。平日の11時時点で、少なからず渋滞が起こっていた。休日はどうなることやら……。おばちゃんが呼び込みをしている、個人経営らしき駐車場に泊めたほうが無難やも( 駐車料金はあじさいの里のものと同じで、1日500円だったと思う )。

 

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5年ほど前、友人に誘われて、雨のそぼ降る6月の末、アジサイ見物へ出かけた。

 

境内の至るところにアジサイの立派な株が、もりもりと植わった小さな寺院 ーー いわゆる " あじさい寺 " というやつだ。

 

その寺は、大きな道路からはずれた所にあった。行きたいと想起し、行こう  !  と思い立った者だけがたどり着ける、そんな地味な場所。平時は閑散としているに違いない。ナビの案内にしたがいつつも、本当にこの先なのか?  と訝しがりながら、軽自動車を走らせたような記憶がある。

 

青や紫に色づいた萼片に風流を感じる人間は、案外多くいるらしかった。長い階段をのぼった先の参道から講堂のまわりまで、色とりどりの傘の花が満遍なく咲いている。

 

見物客の数の割に、あたりはしんとしていた。これがもしも花見客だったなら、こうはいくまいというような静謐な空気。きっとそれぞれの傘の下では、「きれい」  あるいは「期待はずれ 」  もしくは「腹が減ったから、売店でおでんを買おう」 やら、言葉を交わしあっているはずだ。けれどわたしの鼓膜をふるわすのは、境内に敷かれた砂利を踏みならす足音くらいのもので、訪れた人間同士協力しあって、アジサイにふさわしい舞台を整えているかのようだった。

 

アジサイは影をまとっている。

 

サクラがおめでたい花として愛でられるのは、日の光を羽織ることができるから故にほかならない。薄桃色の花弁はいかにも頼りなげで、陽光の通過をあっさり許すのんきなところがあるし、花の盛りには光を遮る葉が芽吹くにはまだもう少しかかる。

 

サクラは、あれは一種の照明なのかもしれないなあ。昼をも照らし明かすサクラにうながされ、我々ははたと思い出す ーー " そこに光があること " を。そして花が散った途端、また忘れてしまうのだ。人間の記憶力がもっと高かったなら、私たちはサクラを、ありがたがってはいなかったかもしれなかった。

 

そんなサクラと比べると、アジサイはいかにも重々しい。萼片も葉も、一枚一枚が肉厚であり、それらがこれでもか!  と言わんばかりにもりもりもさもさ、あい重って、ひとつの塊をつくっている。重なりの数だけ落ちた無数の影が、アジサイアジサイたらしめているとも言えよう。

 

初夏の強い陽光も、アジサイの株の根元までは届かない。彼らはそれぞれの小さな夜を抱いて、雨の訪れをじっと待っている。

 

夜空を見上げて星の光を結ぶように、とりどりの萼片の房をつなぐとき、頭の隅でカチリと、物語の開く音が聞こえる。

 

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●  形原温泉 あじさいの里

〒443-0102 愛知県蒲郡市金平町一ノ沢28−1