へなちょこフリーター日記

おもしろおかしく生きてきたいね

何でもない毎日、には熟睡が足りない

 

ひとつひとつの情報が、1枚の紙にまとめられた資料なら、それにパンチで穴を開けて、紐を通して束ねることこそ、物語を紡ぐってこと、なのかもしれない。

 

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『読書』という行為では、情報をどうまとめようが構わない。言葉を受けて、個々の脳内で物語を構築してく。神に紐を通す順番は、読者に委ねられている。情報の取捨選択も自由。

 


ブロック遊び、みたいなものかもしれないなあ。お城の作り方とか、マニュアルは一応あるんだけど、そのキットで気ままにドラゴンを作ったり、はたまたブロックを食材に見立てて遊ぶことだってできる。

 


ビジネス書やハウツー本といった実用書は、最初から紐でくくられた資料って感じがする。そこに載っている情報は、ある程度形づくられた状態で読者に提供される。書籍内の複数の情報は、相互に理解を深めるために並べられているのであって、自由に組み合わせる遊びにはそぐわない。

 


なんで本読むの?  数年前、同年代の男性にそう問いかけられた。おそらく正しい意味はこう ーー なんでわざわざ時間をかけて、本なんていう古いデバイスで情報を得てるの?  小説なんていう何の益もない情報摂取に、なんで時間を割いてるの?

 


そんなこと、考えたこともなかった。暇さえあれば文字を追っていたわたしにとってその問いは、なんで息をしているの?  って聞かれるのと同じこと。自分にとって大切だってことはわかっていたけど、その感覚を言語化しようと試みたことは一度もなかった。

 


当時は、それもそうだなーと妙に納得して、その男性と長々と意見を交わしたのだけど、今、同じ質問を投げられたとしたら、たぶん、キレちゃうな、うん。言葉や表情で相手に示すとは限らないけど。

 


だってさ、なんで?  って疑問の投げかけ方は、要は遠回しな否定じゃないですか。

 


あなたの行動の意味がわかりません。僕を納得させてくれないと不安です、僕の不安を解消して下さい ーー って、お前の情緒の面倒、なんでわしが見ないかんのじゃい。

 


まあ、あの人は紐でくくられた状態の情報が好きで、わたしはブロック状の情報と、それをまとめて大きなものを好きに作る過程が好きっていう、ただそれだけの話なんだけどさ。

 


言葉の扱いに対する好みも、全く違ってたんだろうと思う。国語辞典での定義に基づいた、揺らぎの少ない言葉に安心する人がいる一方で、言葉が揺らげば揺らぐほど心穏やかになれるという、わたしみたいな人間もいる。

 


文章にも種類があるんじゃないかなあ。概念・思想を形作って現実に持ってくるためのものと、それとは逆に現実を分解していくためのもの。実用書はばりばり前者だし、詩なんかは後者に当たる。読者を、理解の外側に連れていくための文字の連なり。

 


わたしは、前者のやり方で文章をつくろうとすると、どうしても途中で書けなくなる …… 。数分前まで確かに存在していた意欲も、書かなければという義務感からも置いてけぼりをくらって、首を絞められでもしたように、息をするのが下手になる。…… 遅刻しそうな時の心持ちに、ちょっと似てるかもしれない。

 

 

原因は、過剰な客観視なんだろうと思う。自分を消しさった視点には、優しさのやの字もない …… ほんと困る。

 


意思で乗り越えようとしたけれど、結局無理で、今は後者のやり方で書くように心がけている。建造物を金づちで叩き割っていく場面を頭に思い描きながら、現実に起こった出来事や、自分の内で湧き上がった感情を言葉で分解していくのだ。

 


メモアプリを立ち上げて、キーボード上で指をすべらせる。大きなひとつの固まりだった記憶が、徐々に小さなブロックの集合体になっていく。組み替えたり、よその記憶から似た色のブロックを引っ張ってきたりするうち、最初とは似ても似つかない見た目になる。性質は変わらない。材料のほとんどは、最初に準備した記憶からとったものなのだから。

 


そんな感じで書くようにしたら、全然苦しくならんのだから、我がことながら不思議である。やってることはどっちも『書く』。

 


はたから見れば何が変わったのやら、きっとわからない。わたしの感じる苦しさだって、見た目だけでは感じとれない微細なものだ。やる気が足らん、それは単なる言い訳だと思う人もいるんだろうなあ。

 


多くの人は、意思で跳び越えよ!  と人を激励するけれど、意思で跳び超えるためには、自由の効く時間 ( または体力 ) がたくさん、たくさん必要なのだ。たぶんだけど。

 


わたしは、人より使える時間が少ない。たくさん眠らな、精神が参ってしまう、ロングスリーパーなのである。しかも浅くしか眠れないから、寝ても寝ても、寝足りるということがない。社会にうまくハマれない根本原因は、たぶん " これ " 。

 


時間乞食なりに生活に工夫をちりばめて、意思が弱くても、願望は果たせる。やりようはあるーーその確信を得てく毎日です。

 


誰かの束ねたストーリーじゃあ足りないから、カスタムカスタム …… 正直めんどくさい。まっすぐにこんなの要らないって言えた時期は遠くに去って、なんとか上手くやらねばなって、諦めの悪さだけがぐんぐん硬度を増していく。

 


生き残りたい、っていうか、何でもなく生きてきたい ーー これが案外むつかしいんだよなー。