へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

進むか戻るか !? アクセルのみならいざ進め『豊川稲荷・霊狐塚』

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寺院や神社、大木、霊木、水辺に大岩ーー

いわゆるパワースポットと呼ばれる場所に足を踏み入れる直前まで、わたしはいつも迷っている。

 

進むべきか、引き返すべきか。

 

この場所が、まがまがしかったらどうしようと怖くなってしまうのだ。

 

縁切りで有名な京都の安井金比羅宮に向かう道すがらも、訳もなく不安になった。

 

自分は選択を誤ったのではないか?  今からでも大人しく清水寺へ行った方がいいんじゃあないろうか?

 

バスから降りて鳥居を見上げてもなお、リュックサックの肩ひもを握りしめ、往生際悪く逡巡したことを覚えている ( 結局のところ、予想はいい意味で裏切られた )。

 

これまでの人生を振り返って脳みそを絞りあげてみても、「そういう場所」の具体例をあげられないのだから、この不安は完全に杞憂だ。

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豊川稲荷境内の霊狐塚は、本殿から奥の院のある北側へ、白い幟の立ち並ぶ木立を進んだ先にある。

 

大小・表情さまざまな、狐の像は願いの叶った参拝者が奉納したもので、その数なんと1000体以上。

 

ここでも、わたしはやはり逡巡する。

 

金運のパワースポットとか、絶対よくない…

 

そうやって無駄に悩むくせに、最終的には好奇心に負けるのだから、始末が悪いと自分でも思う。( このエネルギーを、別の有意義な何かに回せたらいいのに! )

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あやまって蹴ってしまわないよう慎重に、狐像の間を歩いてまわった。

 

似たような顔の造りをしていても、よくよく見ると、片目の彫りが浅かったり、鼻がすり減っていたりする。

 

なかには、こいつは本当に狐か?  と思わせられる、珍妙な姿形をしたものもあった ( わたしには馬に見えた )。

 

一段高くなっているところからは塚の裏側が見下ろせた。古い年代のものらしき狐像が壁際に並べられている。

 

ぞんざいに扱われてはいないものの、表の理路整然と並べられた狐たちに比べると頭の向きはばらばらで、塀の隙間に嵌められているものもある。

 

その様子は、丁寧に扱おうとした、というより、紛いなりにもお稲荷さんだからバチが怖くて対処に困っている、という感じだった。

 

興味を惹かれ、狐塚の右手側から裏へと回りこむ。

 

裏の狐たちはどれも損壊が激しかった。首のとれたものも多い。風雨でか摩耗してすっかり角がとれている。

 

少なくともひとつは、体のどこかが欠けていて、それをさながら武勲のように、我こそは我こそはと誇る声が、そこかしこから聞こえてくるようだった。

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たぶん、わたしは「願うこと」が後ろめたいーー

 

素直に願いの先に幸福を見られない。しっぺ返しがあれば、それは妥当だと安心しさえするだろう。

 

かと言って、他人のそういう気持ちを糾弾するつもりはない。神さま仏さまに手を合わせる人たちの不幸を見たい訳もなくーー。

 

ただ、わたしにとって願いとは、自分の中の都合の良さの塊、つまり、できれば向き合うことを遠慮したい類の性質の現れだった。

 

パワースポットは願いを受け止める。

 

わたしはそこに自分自身の醜さを重ね見て、目を背けたくなっては最後にはその中に飛び込んでいくことを繰り返している。

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霊狐塚の裏で見つけた、涼しい目をした狐像

ーー砂色の像の内側に、意思の通った背骨が見えた。

 

彼のことを思い出すと、心にすうっと、木の香をはらんだ風がとおる。

 

わたしの内にも、そういう願いの形があればいいと思う。

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● 妙厳寺(豊川稲荷)

〒442-0033 愛知県豊川市豊川町1