へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

" 巨大 " の効能『高知・大谷の樟』

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須崎市須賀神社の境内にある、樹齢2000年の大木を見に行ってきた。

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大きなクスの木の下で

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まとめ

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大きいものが好きだ。

 

正確には、大きいものを見上げて圧倒されるのが好きだ。

 

四国と本州をむすぶ橋のひとつに瀬戸大橋があるが、その欄干が、まあでかい。機能としては街にかかる歩道橋となんら変わらないんだと思う。けれど、あれを手すりと呼べるのは神か仏かゴジラくらいのもの。高速バスが四国の終わりにさしかかり、瀬戸内海が視界にちらつき始めると、わたしは決まってガラス窓に頰を寄せ、巨大な鉄の塊が近づくのをいまかいまかと待ち望む。バスの車体ほど、いや、もしかしたらそれ以上?  ここまでどうやって運んだのか、支えているのか、止まっているのか、自分から近いのか遠いのかも判断しづらい、それほど太い鉄の塊の根元をバスが走り抜けるとき、信じていた世界がほんの少しかしぐようで、それが不思議と心地よかった。

 

大谷の樟は、きっと生きている。青々と葉を茂らせているのだから、それでは当たり前か。では " 活きている " と書いてみようか。

 

うねうねと波打つ肌の下に、肉と血管がめぐっていないなんて!  いまにも脈動がひびき、触れれば熱を感じられそうなのに!

 

人々が寝静まった頃、枝葉をみしみしきしませながら、地に沈めた足を引き抜いて、土ぼこりのなかを突き進むお化けクスノキ……その場面に遭遇した人間の、十人に十人が「やはり!」と納得するに違いなかろうと思わされる迫力が、幹から枝の方々から滲み出ている。

 

2000年という途方もない月日は、植物を化け物にする。

 

大きな存在に樹木の定義を狂わせられて、窮屈だった現実にすこし余白が生まれる。

 

もしかしたら、大きなものの根元では、いつもより深く、息を吸えているのかもしれない。

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● 大谷の樟

〒785-0055 高知県須崎市大谷