へなちょこフリーター日記

おもしろおかしく生きてきたいね

爽快なコントラスト『長野・野尻宿』

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阿寺渓谷の最寄駅、野尻駅周辺を歩く。

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駅・西側

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低地の田畑から、見晴るかす山並みまで続く、爽快なコントラスト。

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近くの山も白く霞んで見えるのはなぜなのだろうーー水蒸気、とか?

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7月下旬、日の暮れるまで時間のある午後4時だというのに、大量のヒグラシの声が風をふるわせていた。

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駅・東側

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坂の連なりに民家が軒を連ねている。音を立て、水路を走る清水をたびたび目にした。小道や思わぬところに階段が現れたりする。

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野尻宿・七曲り

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中山道、通称・木曽路は、江戸時代に整備された五街道のうち、東海道とおなじく江戸と京都を結んでいた。139里の街道に67の宿場が置かれた。野尻宿はそのうちのひとつ。

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曲がりくねった街並みは『七曲り』と呼ばれる。外敵を防ぐため、馬で早駆けできない造りになっている。

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野尻宿あとには看板が立つのみだった。昭和13年の火災によって、宿場の街並みは失われてしまったらしい。

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まとめ

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木曽路」「宿場」ーー聞き覚えはあっても、何を指しての言葉なのか、野尻を訪れなければ知ろうとすることもなかっただろう。

 

日本津々浦々、列車や高速バスで移動しはしても、徒歩を手段に考える人はきっと10人に1人も居やしない。けれど数百年前まではそれが普通だったんだよなあ。

 

野尻宿跡に残る木造建築の黒ずんだ木目は、風情があるとか歴史を感じるとか、現代人に勝手な夢を抱かせてくれる。

 

今は最先端のビル群を、数百年後の未来人たちは憧れを抱いて見上げ、ノスタルジーを感じたりするんだろうか。

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● 野尻宿本陣跡

〒399-5504 長野県木曽郡大桑村野尻1790

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