へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

シアワセ に なろ う ?

 

もし、自殺をしたなら悲しんでくれるであろうひとが、わたしの苦痛に際してとびきりの笑顔をみせるとしたら、わたしはその人に愛されていると言えるかな?

 


死を悼む、辛辣な言葉をかけるーーふたつは矛盾しないようにできている。TV番組を普通に見れてる時点で、僕らはとっくに人間味なんてもの、失ってしまってる。

 


いじめ、なんていう、まどろっこしい手で、自己肯定活動に忙しいひと、その先で被害者が死ぬなんていうのは、精神が死んだゾンビとして生きるのとどっちがマシか、という話。身体がなくなってはじめて動揺する、みんなまだまだ人間になりきれていない。優しさがあるのなら即刻死ぬべきだろう。

 


慢性的な自殺をやめた。他殺をやめた。それでもついうっかり絞め殺しそうになる。

 

黙ることにした。何にもできないようにぐるぐる巻きにした。死んでない、殺していない、生きても、いない。

 

みんな、指先が触れるだけで、壊れてしまいそうな、か細い喉。

 

引きこもってる、のは、正解だとおもいますか?

 


殺さないで生きる方法を、誰から教わればいいですか?

 

【 2018 / 03 / 19 / 22 : 52 】

 

 

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優しい人、動物園の檻をすみからすみから探しても出会えたりはしなかった。

 

情を突っぱねたってかまわない。

 

差しのべられた手を気持ち悪く思うとき、君はそいつが嫌いなんだろうし、沈黙を快く感じるだけで簡単に好きになったりもする。

 

出会ってからの記憶ぜんぶ、体のラインに押しこめて、どっちかっていうと良い人、いや、嫌なやつか?と考える……それって、1日の天気を、晴れと呼ぶか、いや、午後から曇ったから曇り?と、悩むようなもんなのです。

 

 " 晴れのち曇り " でいいじゃあないか。

 

ひとに向ける感情なんて、無ときどき愛ときどき殺意、みたいなもんなんだよ。

 

床に散らばったカードーー優しい、怒りっぽい、きちがい、良い人、バカ、まじめ、泣き虫、こども、大人、、、ひとりにつき一枚だけ選ぶ遊び、つまらんからやめにしようぜ。

 

ぜんぶ、なんだ。ぜんぶわたしのもので、到底理解できそうにないあいつも、おんなじ手札で生きたり生きたりしている。

 

優しさの証明のために死ぬな。おさがりの言葉のきらめきの薪になるなよ。感情も、手足も、新品を待ちわびている ( 待ちくたびれている ) 。

 

ときどき殺したくなくなる、それで充分、君は優しかった。

 

不幸でかまわない。

 

自分を殺したくなる、それはかわいそうだよ、不幸だよ。誰かを安心させるための " 幸せ " 、開けてみれば空っぽで、おまけに真空。息できるはずもなく。

 

地獄にも陽はさすし、安らぎだって案外ある。

 

君は苦しく、生きても、いいよ。

 

【 2018 / 07 / 21 / 22 : 42 】