へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

努力とはかっこわるいものなので

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目標をたてても成功させた試しがない、こらえ性のないわたしが運動を続けるうえでの決め事はたったひとつ「気が向いたらやる」。

 

興がのれば毎日走るし、そうかとおもえば体が重くて家から一歩も出ないなんてこともざらにある。

 

ストレッチ ⇒ ラジオ体操 ⇒ 筋トレ ⇒ サイクリングの順に手を出して、最終的にはランニングにたどりつき、これらを気分に合わせて気ままにやっている。

 

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ランニング

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5~10分を週一(時間を決めたら嫌になるのので、これも気分次第)のペースで走っている。

 

そんな地味な習慣であっても、体というものは変化するらしい。苦しすぎて途中徒歩をはさむことも、今ではほとんどなくなった。

 

ランニング・ジョギングのコースは、家を拠点に周回するように組むべし」と、以前ラジオで聞き知った。疲れたらすぐに帰れるようにしておいて、体を動かす心理的ハードルを下げる効果があるという。

 

いつでもはじめられ、いつでも終われる。が、ここでやっかいな問題がひとつ。

 " 住宅街は人目につきやすい

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自分はなんて恰好わるいんだろう…

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わたしは自分の外見があまり好きではない。

 

それをひとに見られることはもっと好きでない。「そんな体のやつがいかにも " 運動してます " って恰好で走ってんじゃねえ!」って道行くひとに思われてる気がしてくる。

 

みっともない! 

かっこわるい! 

はずかしい!

 

これは「太っているから」「スタイルが悪いから」「ださいスポーツウェアだから」ーそういう " 見た目 " の問題でないからやっかいだ。

 おそらく、スタイル抜群になったところで「お前なんかがそんな体つきでいきりやがって」と心の内の罵詈雑言は止まらないのだ。

 

 " 自分はかっこわるい "

 

より正確に言い表すならば、 " 自分だけがかっこわるい " 

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生きるってのは恰好わるいことの連続だ

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よそさまの生き筋であれば、見られるのはほんの一部。好き好んで恰好わるいところを見せるわけはないから、長い人生のうち、わたしが目にするのは日の当たった場面ばかりと言えるかもしれない。

 

それが自分の人生となると、どうしたって日陰を見ないわけにはいかない。そして強く印象に残るのは、そういう日の当たらない部分ー後悔や心の傷だったりする。

 

恰好いい人生と恰好わるい人生があるのではないのだから、ひとを羨むのは見当違いなのである。

そうとは知らず、「あのひとみたいに!」と憧れて、「到底なれない…」と落ち込んでを繰り返してきた。実際には憧れのあのひとも「自分の人生、格好わるいな」と落ち込んでいるのかもしれない。

 

努力は恰好わるい

 

そりゃそうだ。現時点で無理なことを手に入れようとするのが努力で、苦しいし、なりふりかまっていられないんだから。ランニングだって、苦しいし汗かくし体は重いしで、もう全然かっこよくない。

 

けれど、自分が努力する姿を「恰好わるい」と考えているのは、わたしだけじゃないはず。みんな自分の恰好のわるさに苦しんで、それでも「変わりたい」と努力する。

 

わたしは色んなひとに馬鹿にされたし、笑われもした。恰好わるい半生を送ってきた。

つまり「ずっと努力してきた」。それはきっと、これからもそう。

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まとめ

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筋肉つけたい、強くなりたい。そう思って住宅街を走ってる自分は、ちょっと筋肉と体力がついたとはいえ、あいかわらず恰好わるいとおもう。

 

そういうもんなんだと開き直ってみると、人目が気になりはしても、怖くはなくなった。

 

通りすがる人、全員に「恰好わるい」とおもわれたとしても、それは努力の証、理想に近づいている証明なのだから、わたしは胸をはって走るだけだ。