へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

ロマンチックからほど遠い生き物

尊いものとされている、愛や恋。

 

わたしのそれは当然のごとく、途中でふっつり途切れて終わる。人間らしさ、あたたかみ、のような尺度に無縁で、ひとりきりで幸せを噛みしめていると、聞こえてくる声がある。

 

 

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理想の自分像を好きになった。

 

女性歌手も男性声優も漫画家も、わたし、だった。才能に恵まれ、ひとから愛され、そういう風に生きたいと切望した姿形にぴたっと当てはまった瞬間、好きで好きでたまらなくなる。

 

握手会で、ラジオのメッセージで生まれた相互コミュニケーションは彼らとわたしに線引きをする。「わたしと彼らは別の人間」。なんてことない事実に打ちのめされて、好意は終焉を迎える。接触のほかの契機には結婚がある。結婚願望のない自分と、既婚者を重ね合わせることはむずかしい。

 

ひとを純粋に好きになれたら。

 

褒められるとき以外の普通の時間にも愛を感じられていたならば、褒め言葉に固執せずに生きてこられたろうか。

 

 

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「凄いね」って言葉は高い壁を超えるとかけてもらえた。だからわたしは無謀な道を好んで進む。

 

高い配当を狙って体力をベットする大博打はいつしか日常になった。わたしのスペックでは勝てっこない道を歩むひとを好きになった。ないものをもつひとを好きになった。非日常を好きになった。

 

苦しめば苦しいほど褒められる。泣きながら部活して、泣きながら絵を描いて、泣きながら勉強をした。泣いてない自分は見てもらえない、存在しないも同じだった。 

 

 

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憧れのアイドルみたいにちゃんと「女」になりたかった。

 

「理想の姿であってほしい」いや「わたしとおなじに平凡であってほしい」。自己愛の尺度で他人を愛し続けるのはたぶん無理だ。距離をつめるほど、相手と自分が乖離してくから人と一緒にいられない。自己投影できない他者に、わたしははどこまでも冷酷になれる。

 

父母の自己愛から逃れるため、わたしは高知へ帰らないのかもしれない。

 

 

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有名になれば、美人であれば、女さしさが、ユーモアが、才能があれば、愛されたのに。「愛されなかった」理由はわたしのすべてにあり、自分とは真逆の " 何か " を手に入れられたら、奇跡みたいに世界はちがってみえるはず。

 

そんなバカみたいな妄想より、現実のほうがなんぼか優しかろうに、届かない虚空に手を伸ばしつづけるわたしは馬鹿以外のなにものでもない。

 

ひとは、本当はひとりで立ててしまう、ロマンチックからほど遠い生き物だ。己のつめたさに絶望する回数を、1回でも少なくしてやりたいとおもっているよ。