へなちょこフリーター日記

おもしろおかしく生きてきたいね

期待と溝と「もしも」の話

元同窓生の胸ぐらを掴み、わめき散らす夢をみた。

 

 

 

世界を把握しきったーーそんな感じがした。

 

子どもの振る舞いをする周囲に、こんなこともわからんのかとため息をついた。

 

頼りがいがあると感じていた冷静な子は、怖がりだっただけだ。冷めた目で集団と馴れ合わない様子を、大人っぽいと評したのは私だけじゃあなかったと思う。

 

頼りにしていたのに、子どものように振舞われて、何がなんだかわからなかったーーあなたは大人でしょ? どうしてこちらの機微を汲み取れない?

 

夢の中の彼女は当時と同じ背格好で、私に対するあんまりな態度を責めると、つたない言葉で反論してきた。

 

 

 

あの頃、私たちは同い年で、どちらも当然子どもだった。だのに大人びた彼女に見た目どおりの理性的な対応を求めてしまっていた。

 

彼女と私は、きっと概ね同じ不安を抱えていて、お互い背伸びしないで素直に言葉を交わせばいいだけだったーー全部今だからわかること。

 

今更と言ってしまえばそれまでの、まさに夢物語。

 

たとえ夢でも、あれから10年経ってしまっていても、わかって、よかった。わたしと彼女が、おなじ子供で人間だったこと。ひとりじゃなかったこと。

 

ふたりの間に悪意なんてひとつもなかった。好きだったし、自惚れかもだけど、彼女もわたしを好いてくれていた。

 

信じるだけ、認めるだけでよかった。それだけのことが怖かった。今は、怯える幼い自分の背に手を当てて「大丈夫」だと言ってやれる。

 

他人との間に確かなものなんてひとつもないーーだけど、それに絶望する必要もないんだ。

 

そんな曖昧な表現じゃわからない!と、昔の自分に言われてしまいそうで、わたしはこうして言葉をずらずら並べたてている。