へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

インスタント神さま

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救えると信じて崖の下へ手を伸ばすのと、救えないとわかっていてなお、手を伸ばさずにはいられないこと。向かいの席に座る友人の幸・不幸に関与しようとすること、関与したいとおもうこと。

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無力感にさいなまれた帰り道、「書きたい」とつよくつよくおもう。諦めている、わかっている、でもでもでも、もしかしたら、のその先に言葉があるのだから、やっぱり世界を変えたくて仕方がないのだろう。

 

賽の河原のような、気まぐれな正確な罰の日常では嫌だとか苦しいとかは透明になって、意思の働いてる罰が自然現象みたいにおもえて、そのうち晴れるでしょ、明日も雨かなと待ってみれてしまう。覚めたひとは不幸なんて、もう一度眠る方法は見つかっていないのに。

 

無力感を寂しさと言い換える脆さ。きっと永遠に無力だと嘆くんだから、寂しいから側に居てなんて他人に願わないように。あなたを幸せにできないから寂しい、はちがうんだ。上等な人間でありたかった。寂しいって言えたら、血の通った人間みたい。改札前で別れたあとの心の隙間は無力感からきてて、わたしは幸せを差別してるし、人の選択を信じきれていない、どうしようもない弱さを嘆いて許してやらないとなんだよ。

 

女としての居場所の作り方にときめいていた。自分の価値はほかに何もなくて、女として求めらる方法は巷に溢れていて、とびついた。好きだとおもった、スカート、ヒール、ブラジャー、香水、化粧品。ピンクの題字の重たい雑誌で女の人は男の人のとなりで笑ってて、わたしは速乾素材のタンクトップを2枚買った。女の器からこぼれ出たアイデンティティが筋肉に染みて、前に歩けると喜んでいる。