へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

自己肯定のその先は~その1

 

どうやら、しあわせになるために生まれてきたんじゃないっぽい。*これは前向きなお話です!

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わたくし、漫画家・種村有菜さんのファンでして。生まれて初めて買った漫画は『神風怪盗ジャンヌ』だったりする。

 

先生の作品には『桜姫華伝』というのがある。これは、かぐや姫をオマージュしたアクションストーリー。主人公・桜の台詞にこんなものがある。

 

「命より大切なもの見つけるために生まれてきたの」

 

……ぐさっときた。言葉に射抜かれるとは、こういうことかと思った。

 

命はつかうものだ、ってみなさんは知ってました?

 

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悩みがちな人におすすめと聞いて、千野帽子『人はなぜ物語を求めるのか』を読んだ。

 

なぜ?って問いかけに囚われるのは、得てして不幸な場合であるらしい。なぜ自分だけこんなめに会うのか?とひとは考えがちである。そういえば、なんでこんなに幸福なんだろう?と疑問に思うことって、そんなにないかもしれない。

 

わたしは現在それなりの幸福を手に入れて満足しているーー「なぜ?」と自分に問いかけずに生きている状態だ。

 

以前はどうだったかといえば、

「なぜ自己肯定できないんだろう?」

「なぜ生きづらいんだろう?」

「なぜ泣きたくなったんだろう?」

日々そんな疑問にぶち当たり、どうにかこうにか答えをひねり出していた。

 

自分を好きになりたい、コミュ障でなくなりたい、どうせ無理……でもでもでもでも!

 

渦中ではまったく前進している気がしなくて、到底無理だろって思ってはいても、諦めるって選択肢はそう言えばなかったかもしれない。

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「自分を好きになりたい」
「コミュ障から脱したい」


今思えば、それってたぶん『夢』だったーー叶わないかもしれないけれど、届きたい、変わりたい、どうにかして叶えたい理想だった。


偽りの自己を脱いで、そのままの自分で生きてけるようになりたかった。今の自分じゃ嫌だ、というのは偽りの部分を否定してるんであって、素の部分を肯定しようと努めた十数年だった。


振り返ってみると、夢を追いかけている時間はほんとうに楽しかった。


苦しさは、何年も変わりたいって思ってるくせに進歩ないなと、自己否定に入ってたからで、それを抜いたら、試行錯誤の成功を糧に生きてきたなって気さえする。

 

つづく。

桜姫華伝 1 (りぼんマスコットコミックス)

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