へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

" からっぽ " の名前

 

売り切れで、なくなって、具合悪くて、できなくて、役に立てなくて、力になれなくて、困らせてしまって……

 

わたしの手のひらは握ってひらいてを繰り返してみてもやっぱりからっぽで。これが悲しいってことなのかもなあ。

 

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もしも神になれたら、少し幸せかもしれない。

 

わたしは道端にころがっている不幸を許せないのだと思う。自分は我慢をすればいい。でも目の前のひとには笑っていてもらいたい。

 

あなたに何もしてやれない。

 

みんなみんなそうなのに、貰ったことだけは無数にあって、私にもできるような気がしてる。これが幸せそのものです!ってリボンをかけて渡せたらいいのに。

 

いっとき手にしたものもいつかは離れて、夜にはいつもからっぽで、がんばりもやさしさも、ぜんぶ幻みたいに思えてくる。

 

ずっとからっぽだのに、なんで慣れないんでしょうね。

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悲しいね、嬉しいねと共感して抱きしめる。それが他人にしてあげられる全てだと聞いた。

 

共感と体温くらいなのだ。わたしがあなたにあげられるものは。どんなに大事に思っても死にかけでも助けてやりたくても。

 

そろそろ慣れたいとおもう。

 

悲しいに、慣れたいとおもう。

 

生きるは悲しいだ。手のひらはいつもからっぽで、何もあげられなくって悲しい。好きなものが増えて、好きになればなるほど、悲しいも増えていくんだろう。

 

悲しいって泣けるようになったわたしには大事なものがたくさんあるのだ。

 

からっぽの手でできることを。

 

生まれたときにはもう100だった。肉がある、爪がある、体温がある。これでぜんぶ、これがわたしのぜんぶ。

 

恥じることはひとつもない。