へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

たくさんの選択肢を前にパニックになる現象を考えてみた~その1

 

商品数が多い服屋でパニックを起こすことがままあった。

 

そんな話を他の人からは聞かない。服持ちでもないし、私が変なのか?と思うだけで終わらせてきた。買い物の機会を減らし、「シャツ・白・~円以内ーーその他は見ずに即帰る」等の決め事を事前に作るようにしてからはずいぶん平気にもなった。

 

恐怖を好意に取り違える癖に「トラウマティック・ボンディング」という名前がついたことで、もしやこれにも何かしら訳があるんじゃ?と調べてみた。

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過ぎる選択の自由は苦しみを生む?

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選択のパラドクス」とは・・・
心理学者のバリー・シュワルツが述べたもので、それまで信じられていた「選択肢は多いほど良い」との定説に異議を唱えたもので、選択肢の多さが人々の幸福度を下げているというものです。

 

選択肢が多くなることで生まれる悪影響として、
1 無力感が生まれる(多くの選択肢を前に選べなくなり無力感を感じる)
2 満足度が下がる(選ばなかった選択肢の良いところに対する後悔が生まれる)
3 期待値が増えすぎる(選択肢が多いと比較対象が増えより良い選択をした
という期待値が高まる)
などが挙げられています。

トーサポブログより

 

ジャムの法則というものもあった。試食のジャムが6種類と24種類の場合では、試食した人の購入率は前者が30%、後者が3%だったことから「選択肢は多すぎない方がよい」という実験結果が出たそうだ。

 

こちらの記事によると、「人が自信を持って選ぼうという気になって、選択した結果について満足できる選択肢の数は5~9」だそうです。

*同記事には、マーケティング的にはジャムの法則に必ずしも従う必要はないってことも解説されている。

 

ファストファッションの大型店舗ともなると、頭からつま先までのありとあらゆるファッションアイテムが所狭しと並べられ、組み合わせまで考えると目が回りそう……選択肢5~9なんてもんじゃない。

 

しかしながら、服屋にも劣らない選択肢に囲まれながらパニックになったことのない場所もあります。

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選択が娯楽になる場所「本屋」

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選択肢疲れなのか、長時間滞在はしんどいですが、隅から隅まで見て回りたいし、たった1冊しか買えないとしても吟味する時間は楽しくはあれ、パニックにはならない。

 

服と本の違いを考えてみたところ、思い当たるのは一点ーー暗黙の了解があるか否か。

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あなたは自由。わたしを不快にさせない限り

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ファッションは何でも選んでいいことになっている。裸でなけりゃ取り締まられたりしないが、「女性は~を着るべき」「~歳ならこんな色合い」「~の場にふさわしいのはこれ」といった踏まえるべき事柄が多分にある、ありすぎる!

 

「もっと女らしいのを着ろ」「新しいのを着ろ」「いつも同じのを着るな」とかよく言われてたためだろうが、他人の目を全く気にしない服選び、私にはむつかしい……。

 

その点、本は完全に自己満足&自己完結でいい。「あなたが~を読んでるのは不快だ」と言われることはまずない。何を選んでもいい、流行から外れても大丈夫。外れはほとんどないし、あったとしても、得るものが少なかったなと思って終わり。

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服屋におけるパニックーー田舎生まれなこともあり、膨大な選択肢に耐性がないという一因に加え、暗黙の了解を強いられる状況に私はほとほと弱いらしい

 

後者についての考察は次回につづく。