へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

苦しみはスタートライン。前向きにネガティブやってこー。

 

モラハラ家庭で育ったと認めて、自分の弱みとの折り合いがつき始めた年の瀬。2017年もラストスパートって感じ。

 

成り行きで手に入れた段ボールで玄関・窓からの冷気をシャットアウト!で、例年より暖かに正月を迎えられそう。

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モラハラ家庭とはいえ、私が主に受けていたのは過保護という名の虐待で、これの何が問題かってーと「父性の不在」ってやつらしい。

 

父性とはーーざっくり言うと「叱る役目、社会性を身につけさせる役割」みたいな感じだろうか。詳しくはこちらのサイトがわかりやすい⇒ http://www.iff.co.jp/ssworld/mssg/mssg_9.html

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家族に叱られた記憶がない。

 

私が良い子であろうと振舞っていたからと言うのもあるんだろうが、良くないことをしたら基本的に「見ないこと」にされていた。

 

言葉や表情には決して出されないけれど、親が纏っている空気は明らかに違っていて、それを察してひとりで反省するって感じだった、が、それもほとんどなかった。

 

全部受け入れられていた。許してもらえた。もっとも近しい間柄の家族から注意を受けた記憶がない。

 

おそらく、私の頭の中では『親しい=相手のすべてを受け入れること』という図式が成り立っている。それはひっくり返せば『(ちょっとでも)注意される=嫌われている』ってことで。

 

『注意を受けたとしても、関係性は維持される』ってどういうことなのか、私にはわからない。叱られたら終わりだと思っている。

 

モラハラ的な指導を学校や職場で受けてきた。でもそれは『指導』と言う名の『自尊心管理委託』で、従う以外の選択肢は用意されていなかった。

 

理想の『叱る』とは相手に考えさせることではないだろうか。本当にその選択肢で納得できるのか考えさせること、自分自身に責任を持たせること、なんじゃないかとおもう。

 

私は自分に責任を負ってこなかった。自己否定はしてきたけれど、それも他人のためで、誰かに迷惑をかける自分が嫌だった。

 

あの人が不機嫌になるならこっちにしとこうーー他人の顔色を伺う生き方をしてきた。ひとつひとつ決めたのは私でも、尊重していた意思の持ち主は『私以外の誰か』や『世間』だった。

 

今は、他人の意思に引っ張られながらも、誰に何と言われようと私が心地いいのはこれ!って選べるものも増えてきた。自分の人生、やとこさ背負えるようになってきたんかなあ。

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関係性の捉え方がガラッと変わったきっかけは、映画『この世界の片隅に』。

 

アタリのきつい義理のお姉さんと主人公が最後に笑い合ってるの見て、目から鱗だった。波風立ちまくっても、人ってあったかい時間を結べると知った。

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モラハラの連鎖は『人生の責任の奪い合い』なんかもしれん。

 

親が「あんたのためや」と子供から人生の責任を奪い、奪われた子供はその空虚さを埋めるのにそのまた子供に「あんたのためや」と暴力なり暴言を与える。

 

祖母も父も母も、形は違えど、それぞれ上の世代から『奪われた人たち』で、私は彼らから私の人生の重みを取り戻そうと四苦八苦している。

 

生きるは苦しい。もっと傷ついたり苦しんだり泣いたりしたい。

 

自己否定まっしぐらだった時は、ひたすら消え去りたかった。苦しさを自覚していないから、代わりに体が悲鳴をあげてた。

 

今はしょっちゅう悲しくて、体が動かないと悔しくて泣く。けれど、くるしいと泣いたらぐっすり眠れる。前進している感覚がある。  

 

健康とか幸福は奇跡で、不調・不幸が人生のベースなんじゃないだろうか。苦しいはマイナスじゃなくてゼロであり、スタートライン。

 

誰かのためにネガティブをしまい込むことこそがマイナスだ。どこにも行けない。

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この重みを手放さず、苦しさを味方につけて、最強のフリーターになるべく、精進精進。