へなちょこフリーター日記

おもしろおかしく生きてきたいね

私の身に起こっているのは『ストックホルム症候群』?

 

なやかや忙しい師走……とは言え、週4労働なんですが。

 

恐怖を好意と取り違える癖(?)は、もしかして『ストックホルム症候群』なんじゃと調べてみたらビンゴだった。

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スットクホルム症候群とは?

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誘拐や立てこもり事件などの人質が、事件中・事件後に犯人を擁護する言動を行う心理状態のこと。強者から傷つけられるのを避けるための無意識の防衛反応とされている。

 

ストックホルム症候群という名前は、犯罪など特殊な状況下に置かれた場合のみ用いられ、それ以外のときは『トラウマティック・ボンディング(心的外傷性絆)』と呼ばれる。

 

2人の間に力の差ができている、被害者が加害者をとても怖がっていると同時に好意も感じている、そして被害者が孤立していて、逃げられないと信じ込んでいるときに、被害者は加害者を怒らせないようにとか機嫌を悪くさせないためにと気を使い、少しずつ加害者の考え方や価値観を身につけようとします。ですから、被害者の方は彼のことで頭が一杯になってしまいます。そしてまるで捕虜のような状態になってしまっていて、非常に離れにくくなっていす。        

DV防止教育センターHPより

 

自分に苦痛をもたらすのも喜びを与えるのも彼(彼女)のみ、という閉じた関係性では、苦痛が大きければ大きいほど喜びの価値も跳ね上がり、「私が〇〇を我慢すればいい」という思考に陥る。

 

「逃げる」=「(人生唯一の)喜びを失う」なので、第3者が理屈を交えて諭したところで、その関係を簡単に手放そうとは思えない。

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モラルハラスメントモラハラ)とは?

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精神的暴力や精神的DVと呼ばれていたものを指します。相手をののしったり、無視したり、重圧をかけて支配しようとする見えない暴力です。加害者が被害者の弱点を見つけ出し、そこを狙って締め付け、弱らせることで支配します。被害者がコンプレックスを感じているところが攻撃対象となることが多いですが、責任感や義務感が強いとか、共感性が高く他者に寛容である、面倒見がいい、我慢づよいというような性格も加害者には「お人よし、付け入りやすい、利用しやすい」と攻撃に利用されたりします。

DV防止教育センターHPより

 

家族から暴言を吐かれた記憶はないのでDVという言葉にピンときたことはなかったが、トラウマティック・ボンディングの症状は私の状況にどんぴしゃなので、無視できなくなった……。

 

自分事としてDV関連のサイトを見てまわってみたところ、うちの家庭(および周辺環境)、健全とは程遠かった……。

 

直接被害を受けるだけでなく、モラハラを日常的に目撃することも精神に悪影響を及ぼすそう。父が祖母に否定の言葉を投げつけていたのは、かんっぺきモラハラで、機嫌が悪い父が発する威圧感も「見えない暴力」という広義に則ればモラハラの一種なんだと思う。

 

 

 

数年前までは自分の家族を『普通の家庭』『優しいひとたち』と評し、反抗期を経て「うちは変だった」と認識を改めたが、『DV』という言葉が当てはまろうとは露にも思わなかった。

 

ショックちゃあショックーーけれど「あーだから私はおかしかったんだ」と安堵の方がでかい。

 

家庭も家庭だったし、中高と威圧的な男性教師に当たることが多かったこともあり、トラウマティック・ボンディングの状態が強化されていったのだろう。

 

家と学校、つまり生活のどこもかしこもモラハラ加害者が牛耳ってたわけで……中学校は全校生徒30人、全員幼馴染みたいな田舎学校だった。そこから逃げると、持てる関係性の全てを失うーー15歳にもなってない子供には大問題、まして家庭を離れるなんてできないし、考えもしなかった。

 

『逃げる』という選択肢を学べなかった子ども時代だった。

 

ほいで、私にとっての恐怖対象(=父親、教師)はその他の大人から容認されていた。暴言を吐いても、椅子を投げても、机を蹴っても、威圧感を放っても、「やめなさい」と注意されない。体を傷つけない暴力は容認されていた。

 

自覚してはいなかったけれど、当時の私がそういう周囲を「敵」と見做していても仕方ない。他人に助力を請えないのは、なんかもう、当たり前だった。

 

 

 

「なぜ実家がこわいのか」

「他人に頼れないのか」

「怖い人に近づいてしまうのか」

「完璧主義から抜け出せないのか」

 

どれもこれもルーツがわかれば仕方ないってわかるし、治すにしても相当時間かかる。

 

もしも「花粉症」って病気が社会で認知されていなかったとしたら、風邪薬飲もうが養生しようが鼻水垂れ流しってなると、とても不安だろう。たかが鼻水、命には関わらないとしても、生活に支障は出る。かといって、何をしても治まらない。

 

具体的な症状の大小じゃあない。体がままならないことはおそらく、人間の原初的な恐怖に繋がっている。正体不明の敵がいっちゃん怖い。

 

今回、『トラウマティック・ボンディング』『モラハラ』『DV』という名前が己の症状や経験に紐づいて、私の実に起こっていることは、人間というシステムとして正常なんだとわかって安心したーー戦える気がしてきた。