へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

白飯に負けない余生+α

 

行き先を丁寧に解説されようと、どこに行きたいのかわかってなければ、目的が定まっていなければ、分岐点で迷って唸って日が暮れる。

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絵を描く、本を読む、アニメを見る、ラジオをきく、音楽、運動、朗読、ネット、夢をみる、もの書きーーどれも財布を圧迫しない。これが、そんなに働かずとも面白おかしく暮らせる所以。

 

TVCMやワイドショーが取り上げる贅沢は、正規雇用者向けのもの。美味しいものは食べたい、旅行も好きだけれど、ないならないで別の楽しさをチョイスすりゃあよいのだ。

 

共感されるかどうかーーみんながいいねと言うものを欲しがった。理由も言い訳もいらない。言葉少なでコミュニケーションがとれて、よかった。

 

説明する言葉をもたない「好き」は不純なような気がした。

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好きは遠くにあってもいい。好きでい続けるのに距離は関係ない。

 

楽しいには体がいるから、私は本を側に置く。

 

好きには言葉がいる。楽しいは感覚、言葉なんていらなくて、子供をみればその通りで。楽しいは1人でもできて、私は昔から得意だった。

 

運動をして後悔する人間はいないらしい。舌を、喉を、皮膚を、腹を、手を、足を。体のどこを動かしても楽しい。

 

簡単に楽しくなれたら価値がないと、いつ頃からか思ってた。面白おかしく暮らしたいと私が言うと、毎日ハンバーグでは飽きてしまうだろう、と笑われたーー楽しいが、普通になることは、そんなに悪いこと、だろうか?

 

スパイスは過去にもうあるから、この先にわざわざ苦行をもってくることはないと思っている。毎日ハンバーグ、上等じゃあないか (3年くらい経つけどまだ根にもっている)。

 

私が言いたかったのは、ハンバーグであろうが粥だろうが、美味しかった!って意地でもいってやる!って気概で、食卓に何がのぼるかなんて関係がない。生まれてこのかた何万杯と食べても、白米はうまいじゃあないか。

 

ご馳走に舌鼓をうった翌朝、塩むすびを頬張る。うまい、と言うーー人生そんな具合。