へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

ブログと夢と過去と生きがい

 

アクセス数合計が1000を越えた。やんややんや。

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ブログを休んでいる間、脳がここ3ヶ月とは違う風に動いてました。つたないアウトプットながら、日常生活に影響してたのだなあ。

 

特に、夜に見る夢が顕著。ストーリーが凝っている。

 

『こっから先の話聞きたいなら金払えや!』と怒鳴ったら、なぜか好評を博し、山中でイベントを開催したり、マンタのキーホルダーを人にあげようとしたら濁流に飲まれて走行中の車に飛び乗ったり、キウイ味のジェラート食べたり、お洒落スカートのウエストがキツくて逃げたり……。

 

半覚醒状態での考え事がけっこう好きだ。目を覚ますと内容は忘れるんだけど、解決したー!って手応えはある。

 

父との関係性の核心をつく夢をみて、あーそうだったのねーと腑に落ちた。これは覚えといた方がよかろうと、起きぬけでスマフォをタップしメモを残す。

 

ヒプノセラピーのCDや、寝たまんまヨガのアプリ。そいえば近ごろまったく手をつけてない。今年の前半まではばんばんお世話になってた。

 

過去出会った怖いひとに追いかけられたり、首を絞められる夢を頻繁に見ていたのですが、それらの対象を論破・殴る・蹴るを経て、怖いひとではなく困ったひととしてこれまでとは違った演出で現れるようになった。

 

ひとを許す、過去を過去にするには、一旦暴力を挟んで肉体的に対象を超越するのが効果的、なんでしょうか?夢だと誰にも迷惑かけずに処理できて便利ーーまあ長らく夢でさえ、体が固まったり、泣いてたり、してたんだけど。

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期待されるのが怖いから、わたしは他人に期待しない。

 

他人の気分はわたしがどうこうできるもんじゃないって事実がとてもしんどい。しんどがってるのは幼い頃のわたし、なのだよね。

 

何をするにも「みっともない」って声が頭のなかでする。

 

一体誰が〜と覗いてみれば、声を発していたのはちいちゃい女の子。その子はわたしを虐めてるつもりはさらさらない。「そんなことしたら誰かにバカにされたり嫌われたりするから、やめといた方がいいよ」って100%親切で「みっともない」って教えてくれている。

 

小さいながらわたしを守ろうとして、うまくいかなくて、泣いている。守られたかったのはその子自身なのに。

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未練、というものがそんなにない。これは外界との繋がりが薄いから、なんだろか?

 

今の生活、そこそこ充足していて、三十路で子供云々というのは理にかなってるなーと思う。子供とか仕事とか、そういう「〜のため」がないと、快楽のためだけに生きるのはけっこう不安定だ。わたしの場合、ネコがそういうものに当たるんだろうけど、わたしの生きる糧のために生物を飼うのは抵抗がある。

 

「私のために生きて」って求められるまま、他人のために力を発揮できる仕様なら楽なのに、力を注ぐほど死にたくなってしまう人物・対象ってのももちろんあって、根底はやっぱり生きたいからそれに関わるわけにはいかず……。

 

自分で選ぶしかないんだよな、めんどくさいめんどくさいめんどくさい。

 

死ぬ以外の道ならどこでもいいのに、他者に選択権委ねると絶対死に導かれるのなぜだろう?

 

強靭な肉体と精神が欲しかったーー。

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疲れたから楽しいことしたいけど、疲れててなんもできない日だった。

 

働いたし、ブログ書いたからよし。

 

明日もますますがんばらぬ〜