へなちょこフリーターの悠雅な日常

おもしろおかしく生きてます。ブログタイトルは香月日輪さんの著書から拝借。目標:週休5日。

曇天、傘をもたせる。

 

ミストシャワーみたいな夕立の尾っぽにつかまって帰宅。

 

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今年は梅雨がなかったし、エアコンいらずな夜が続いてる。

変な夏。

 

 

名古屋のひとは夏の暑さに一家言あるよう。

  " やれやれ困ったぜ~ ! ” の中に一抹の誇らしさをにじませながら「こっちの暑さにびっくりしたでしょう!?」と質問を受けることしばしば。「高知には何もないです!」と口にする土佐人に通じるものがある。バカな子ほど可愛い。なんだかんだでみんな名古屋を愛してる。

 

実際のところ、高知県の夏は空気がべちゃべちゃしている。コンクリートジャングルでなければ名古屋はもっと過ごしやすいのではないかな?今の感じでも私は快適。ヒグラシの鳴き声が聞けたら尚よし(近所にはセミが2種類しか生息していないっぽい)。夏が終わった気がしなくて、こっちへ越してきてから秋への移行が毎年、なんか、うまく、いかない・・・。

 

 

玄侑宗久『中陰の花』読了。

 

石庭に描いた波目を無残にくずし、小さな赤い靴は猶も元気に動きまわる。自分で飛び散らせた砂が、無邪気な白桃のようなその顔にも降ってくる。

 

正面の池の縁に遅咲きの牡丹がゆったりと濃いピンクの花弁をひろげていた。〈中略〉しかし牡丹は、その光さえ重たいというようにときおり風もないのに幽かに揺れた。  

 

ストップモーションみたいな動きの描写がクセになる。

 

中陰とはこの世とあの世の中間。則道の妻 圭子がもらいものの包装紙でつくる紙縒(こより)の手触り、インクのにおいはこの世のもの。「死んだら人間どうなるの?」と問う妻に仏教の教えを話すものの、居心地悪そうにしている則道自身が一番この世のもの、という気がする。

 

 

玄侑宗久サンショウウオの明るい禅』がとても好き。お坊さんでもある作者が禅についてわかりやすくゆーるゆると解説した一冊。サンショウウオの挿絵もよいー。

 

一瞬ごとに「今」という一瞬が死んでいく。完全に死ねば、次の一瞬に前の一瞬が重ならない。いつまでもその色合いは鮮やかになる。楽しくとも哀しくとも鮮やかなのである。それがこの本でいう「明るい」ということ。つまり明度の高い生活なのである。

 

そいえば最近そんな生活送れてる。なんもなくとも鮮やかな毎日。

 

 

明日もがんばらぬ~。