へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

苦肉の策

書けない書けない書けないんですけど?

困るんだよね、毎日の楽しみが欠けちゃうのわさ。ほんと勘弁なわけですよ。


それにねー、頭使って適度に疲れてないと、熟睡できないわけじゃあないですか?浅い眠りになっちゃうと、午前3時頃からうんうん考え事タイムに突入するわけですよ。明日もわたしゃあ元気にお勤めなんですよ?そこんとこ、いい加減長い付き合いなんだから、わかっとってもらわんと困るとですよ。

 


職場の女子大学生とパートタイマーさんの間でどうやらいざこざが起きているらしく、大学生が社員に相談、というか愚痴を吐いているのをBGMによそった白飯は、いつにもましてうまかった。

 

その子、クールビューティでしゃきしゃき働くもんだから、人生悟っちゃってんのかなーて勝手におもってたんやけど、言葉の端々から「わたし悪くないですよね?」と怯えてるのが伝わってきて、完璧なスペックもちのお嬢さんも他人からの肯定を必要としている、いわんやわたしもや、という気持ちを噛みしめるなど。

かき氷は突然に

2016年の夏、かき氷にはまった。

 

「名古屋 かき氷」と検索窓に打ちこんで、ナビアプリに指示されるがまま、不慣れだった名古屋をさまよっては氷をすくった。

 

 

----------------------------------------------------------------

 赤福

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180630120150j:plain

抹茶味のシロップがかかった氷のなかに赤福がはいっている。冷えた餅は、ぷりっとした触感。歯を立てるとぶちりとちぎれる。

 

名古屋駅地下のカフェ。

となりのカップルの会話を聞くともなしに、食後の緑茶をすすっていた。どうやら彼らはこれからドライブデートであるらしい。

 

「どっか行きたいとこある?」

「京都もいーしー、伊勢もいいなあ。あ!あれあれ!赤福氷たべたい!」

 

くるんと巻いた毛先を揺らしてはしゃぐ彼女のほうは、隙なく整えた外見から予想していた年齢よりもずいぶん幼く見えた。

 

赤福氷…おしゃれな女性が「食べたい!」と彼氏にねだるほどだから、よほどおいしいにちがいない。あの有名なあんころ餅を、どん!どん!と氷の山にのっけるんだろうか?

 

カップルの目的地が決定する前に店を出た。実家への土産を物色するべく、高島屋の地下へ移動する。そして赤福のまえを通りかかって驚いた。店先に『赤福氷』と書いてある!

 

彼女!徒歩3分で食べれたよ!

 

興奮が冷めないうちにのれんをくぐり、カフェの彼女にならって赤福氷を食べることにした。

 

ここは冷凍庫か?店内は鳥肌が立つくらい、きんきんに冷えていた。命がけで、餅を、氷を、のみくだす。

 

「たしかにあれはリピートしたくなる味だよね!」

 

今ならカフェの彼女に相づちを打ってあげられるのに。

 

----------------------------------------------------------------

緋毬

----------------------------------------------------------------

● キウイ

f:id:tomokusa_mei:20180630120258j:plain

 

● ティラミス

f:id:tomokusa_mei:20180630120216j:plain

サカエチカにある甘味処。奥まったつくりをしている。

 

ティラミス氷にスプーンをつき立てると上にのっている1番美味しい部分がくずれ、氷の斜面をかけおりていった。即座にのびるおもわず左手。体温にみるみるぬるまるマスカルポーネ。…これ、そのままおぼんへ転がしたほうがよくなかったか?

 

反射神経を呪うこと3秒、受け皿をもったお店のひとが後ろからすすっと現れた。

 

右隣には女の子のふたりづれ。ひとりはどうやらアイドル候補生らしい。てりてりの唇で、かき氷を食べている。わたしと同じティラミス味の。

 

アイドル候補生とかいう天然記念物と、その友達が、ティラミス味の期間限定かき氷を食べている。レッスンが大変だとか、歌のパートの編集がどうのこうのと話している。

 

ここはテレビの中でしたっけ?

 

 

----------------------------------------------------------------

若宮八幡社・夏越しの祓

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180630120237j:plain

氏子さんじゃないともらえんだろな。茅の輪をくぐってお参りしたら即帰ろうとしていたわたしを呼び止める声があった。

「かき氷いかがですか?」

浅黄色の袴をはいた若い男性がにこにこ、こっちを見ている。もらえるならば、ぜひ、もちろん!あんこつけますか、と聞かれたので、お願いしますとこたえる。

 

ちんまり可愛らしいかき氷。あんまり喜んだりしたら、 " 欲深いやつだ " と神さまに目をつけられて、せっかく落とした厄を返されたりしないだろうか?

 

ふるまいを受けていた大部分はご近所さんらしかった。赤い毛氈のひかれた席で、親しげに語らっている。

少々肩身の狭いおもいをしながら、ぬるい風に溶けはじめた氷をあわててすくい取った。

 

 

----------------------------------------------------------------

吾妻茶寮

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180630120453j:plain

ローカル情報番組は、会社を辞めて疲れ切っていたころのわたしのいちばんの楽しみだった。

 

千種区のパン屋が~」「中区で週末にイベントが~」と言われても、それが自分の家から遠いのか近いのか、よくわかっていなかった。

 

アナウンサーやレポーターから自分の住んでいる街のことを教えてもらっていると、会社を辞められてよかった、選択は間違ってなかったんだと、ほんと、しみじみ、おもった(会社員時代はTVを見る暇も気力もなかった)。

 

極み抹茶ブリュレはそういう番組のひとつで特集されていて、なめらかなクリームとパリパリの焦げ目を見ていると、いてもたってもいられなくなった。

 

開店するやいなやすぐにひとでいっぱいになった店内で、ひとりの男性に目が吸い寄せられた。

 

白いポロシャツに焼けた肌。今日はこれにしよっかな、と親しげな口ぶりからすると、おそらく常連客なのだろう。

 

男性は注文を終えると、かばんの中からごつめの一眼レフを取り出した。データのチェックをしているようだ。デジカメの画面に映っているのは、色とりどりのかき氷だった。

 

彼は、かき氷マスターだったのだ!

 

色んな店でさまざまなシロップを味わっては写真におさめ、もしかしたらブログかなにかをやっているのかもしれない。

 

しばらくしてから運ばれてきた抹茶ブリュレは、期待を裏切らない、なんとも素敵な甘味でありました。

 

しかし、またしても冷房が仇となり、舌から何から冷えきった体では最後まで美味しいと感じられなかったことが、無念でなりませぬ…。

 

これを食べ終わったあと「わたしは抹茶とあんこが好きなんだ。別にかき氷でなくていい」とはたと気づいた。

 

そうしてかき氷熱は、ひと夏ともたず、終息したのでした。

 

 

 

----------------------------------------------------------------

 まとめ

----------------------------------------------------------------

「かき氷はおいしい食べものである」そう認識した1度目は、香川県で金毘羅参りを終えたときだった。足湯のある喫茶店で、ミルクのかかったかき氷を生まれてはじめて口にした。

 

2度目は倉敷の古民家カフェで。食べきれるか不安になるくらい大きい宇治抹茶で、緑の小山が皿にででん!と鎮座していた。最後まで「うまいうまい」とぶつぶつ言いながら腹におさめられたのは、そこが外から風を通している座敷だったからだろう。

 

やっぱりかき氷は、暑いところで食べたいです。

 

生きるのつらいの、ぜんぶ体のせい

 

肉体は人生のルールである。

 

その奴隷となるか、はたまた主となるか。どちらを選ぶかによって、人生というものはまったくちがった顔つきを帯びてくる。

 

スプーンにのせられた生卵は意思をもたない無力な存在だが、脆弱であるがゆえ「落とさないように」というルールひとつで、人間は卵の奴隷になりさがる。ちょうど赤ん坊の世話に、大の大人である保護者が四六時中ふりまわされるのように。

 

卵が落ちればスプーンリレーの敗者となるだけの話だが、体が朽ちてしまっては人間は生きていけない。

 

----------------------------------------------------------------

若い時分は無理をできるらしいですが、みなさんはどうでしたか?

----------------------------------------------------------------

仕事に徹夜に夜遊びにと酷使していた体が、年齢を経るにつれ、じょじょに言うことをきかなくなってなっていくのが " 普通 " なんだろうとおもう。

しかしわたしの体はそもそも気ままな風来坊で、徹夜にも夜遊びにもついてきてはくれなかった。体が従ってくれないのであればどうしようもない。


体が意思に従ってくれない。

おもうようにふるまえない。

欲求を諦めざるをえない。

こういった体と心の離反に、わたしの同年代が直面するのはきっともうすこしあとのこと。わたしは彼らに先んじて、心身のつじつま合わせに苦労してきた。


体の無理がきかなくなった時期と、家族とうまくいかなくなった時期はかぶっている。わたしより無理がきく体をしている妹は、そこそこ家族とうまくやっている。わたしはもろい体と付き合うために否応なく達観してしまった。その過程で知らぬまに、家族や周囲の大人の精神年齢を追い抜いていたのかもしれない。


わたしと " 普通の " ひとたち、どちらが異常って話ではなくって、タイムラグがあるだけというなら、だいぶわたしは救われる。


体、つまり生きるためのルールが違っているのだから、人生観がちがったって仕方ないですよね?

 

 

 

----------------------------------------------------------------

身近な人間を尊敬できない自分が後ろめたかった。

----------------------------------------------------------------

それは周囲の人間性が低かったとかでなく、単に「身体の質がちがうから、人生観にラグがあった」だけなんだ。


祖母は長年体の無理がきいてきたひとで、100歳を間近に、おもい通りにならない体にはじめて遭遇している。ずいぶん心細いようだ。

体がままならないーそれはわたしからしたらただの日常で、不安や無力感とはもうとっくに折り合いをつけている。あと数年して祖母が無力感を受け入れることができたりしたら、はじめてわたしと彼女との間で会話が噛みあったりする、のかもしれない(可能性は低い)。


「自分自身を受け入れる過程のどの段階にいるか」で、ひとの精神年齢を図っている。

 

わたしが半生をかけて取り組んできた " 自己受容 " 。それを、たまたま " 強い体だった " というやつから馬鹿にされることが、間違いにさせられることが、どうにも我慢ならない。28歳のわたしにできて、年上のお前らになぜできんのかとおもってしまう。

そういう、人を見下す根性を恥じてきたのだけれど、違いも軽蔑も全部、与えられた体のせいなら、そう考えてしまってもいいのかなって、今では開きなおってます。

 

わたしはおこる。これからはこの世のルールに腹をたてるのだ。

 

----------------------------------------------------------------

まとめ

----------------------------------------------------------------

人様のような強い体は与えられなかったけれど、その分はやく自己受容にたどり着けた。

 

若いうちにたくさん悩んで、自分なりに体との折り合いをつけた。何年もかかった。これを祖母みたいに歳いってからするのは、さぞかし大変だろうし、急に体の自由を奪われるというのはずいぶん怖かろうな。


生まれてすぐ死ぬ赤ん坊というのも、終わりの概念のない彼らにとって一瞬の時も永遠で、そのなかでわたしには思いもよらない幸福や安息を得ているのかもしれない。


古来、体に欠損のある人間は神に近いとされたようだけれど、身体が不自由であるほど、世俗の競争から隔たっても「生きたい」と願うのならば、独自の価値観ーより自然の法則にしたがった生き方を選ばざるをえないから、あながち的外れではないとおもう。


肉を得ることは罰なのだと、わたしにはおもえてならない。

 

夭折が悲しいとされるのも、価値観を肉においているからで、若くして死ぬこと自体に悪いことはひとつもない。あとはやっぱりわたしたちは「他人のために」生きていて、だから自殺は「してはいけないこと」なのだ。自分の肉体の所有権が自分自身にあるのなら、煮ろうが焼こうが好きにしていいはずですよね?

 

肉体があるから痛いし苦しいし、刃物ひとつで体温が下がるだけでも壊れるこんなもろいものを守らなきゃなんないんだから、そりゃ生きるってかなしいし、肉を捨てたくもなる。

 

生きるのつらいの、ぜんぶ体のせい。

 

だからわたしもあなたもなにもわるかないんで、ルールの縛りがきつくならんよう、せいぜい養生につとめやしょーや。それに、「ルールのきついゲームは攻略できるとどえりゃあ面白い」って、そっかの誰かが言ってた。

 

 

*「肉体は人生のルールである」と考えるきっかけになった漫画『東京喰種』。白金木の要素は、金木くんが生まれたときから無意識下に秘められていたものだとおもっている。

東京喰種 1―トーキョーグール (ヤングジャンプコミックス)

東京喰種 1―トーキョーグール (ヤングジャンプコミックス)

 

夢をみるなら冷たい傘のなかで『京都・三室戸寺』

 

わたしはどうやら紫陽花が好きらしい。

 

紫陽花を見に行った日には構図をとっかえひっかえ、何枚もシャッターをきっていることに写真フォルダを整理していて気づかされた。

 

----------------------------------------------------------------

 あじさい園

----------------------------------------------------------------

2016年、京都は宇治の三室戸寺へ紫陽花を見に行った。

 

三室戸駅から寺まで徒歩15分。この日は雨が嵐のごとく斜めに吹きすさんでいて、傘はないよりはマシといった具合だった。ズボンの裾と背負っていたリュックサックは駅を出てすぐにびしょびしょになってしまった…テンションだだ下がりである。しかしそれも山門をくぐるまでの話。

f:id:tomokusa_mei:20180630121357j:plain

「すごい」とは聞いていたが、ここまでとは。

f:id:tomokusa_mei:20180630121354j:plain

山間の敷地に50種・1万株のあじさい。

f:id:tomokusa_mei:20180630121332j:plain

群青や薄紅の花房が、山間にてんてんと、さきのさきまで広がるさまは圧巻だった。

f:id:tomokusa_mei:20180630121411j:plain

 

f:id:tomokusa_mei:20180630121351j:plain

 

f:id:tomokusa_mei:20180630121338j:plain

 

----------------------------------------------------------------

 三室戸寺

----------------------------------------------------------------

足をすべらせないよう気をつけながら、急な階段を慎重にのぼっていく。

f:id:tomokusa_mei:20180630121435j:plain

西国十番観音霊場・三室戸寺

f:id:tomokusa_mei:20180630121423j:plain

雨にけぶる本堂を眺めながらふかく息を吸いこむと、境内の清涼感にからだを満たされるような心地がした。

f:id:tomokusa_mei:20180701201917j:plain

売店の内容が充実していて、わたしはひとつひとつ丁寧に見てまわってから、写経用紙を購入した。

f:id:tomokusa_mei:20180630121345j:plain

 

----------------------------------------------------------------

 まとめ

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180630121448j:plain

気の向くままあじさいの林を奥へ奥へとかきわけ進むと、入り口からでは気づかなかったが、遠慮がちに営業しているちいさな茶屋をみつけた。

 

色つきの白玉が浮かぶ「あじさい白玉ぜんざい」を食べたかったのだけれど、単に「白玉ぜんざい」と頼んだばっかりに、運ばれてきたのはノーマルな冷やしぜんざいだった。たった4文字を発音する労力をいとうた、己の怠惰な精神にあきれかえりながら食べたぜんざいは頭がしびれるほど甘かった。

 

あじさい園の開園は今月8日までらしい。誰かあじさいぜんざいを食べて、わたしの無念を晴らしてください。

 

 

● 三室戸寺

〒611-0013 京都府宇治市莵道滋賀谷21

どんぐりを拾う子どものように

f:id:tomokusa_mei:20180629160410j:image

外で遊んだあとは、なにかしらポケットにつめこんで帰らないと気がすまない子供だった。定番のどんぐりをはじめ、石ころ、BB弾、落ち葉にダンゴムシ。自分の身長よりも長い枯れ枝を、ずるずる引きずって歩くのも好きだった。

 

持ち帰ったからといって大事にしまいこんだり、磨いたりすることはまれで、たいていは庭の隅に放っておかれた。

 

河原で見つけたときには、他よりも群を抜いて輝いて見えた石が、家の蛍光灯のもとでは白っぽい、どこにでもありそうな石ころになってしまうことをいつも不思議におもっていた。

 

わたしにとって写真とは、そういう子どもの採集癖の延長線上にあるものだ。

 

----------------------------------------------------------------

空を拾ってまわる

----------------------------------------------------------------
f:id:tomokusa_mei:20180629160347j:image

水たまりに反射する空が好きである。所以、雨上がりの散歩は楽しくって仕方がない。

f:id:tomokusa_mei:20180629160334j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160415j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160338j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160425j:image

 

----------------------------------------------------------------

透明の

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180629160544j:image

道路を中心にすえた構図がなぜか好きでよく撮る。

f:id:tomokusa_mei:20180629160540j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160557j:image

 

f:id:tomokusa_mei:20180701144228j:image


f:id:tomokusa_mei:20180701144233j:image

 

----------------------------------------------------------------

雨滴

----------------------------------------------------------------

f:id:tomokusa_mei:20180629160701j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160656j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160635j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160709j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160647j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160639j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160704j:image


f:id:tomokusa_mei:20180629160643j:image

 

----------------------------------------------------------------

まとめ

----------------------------------------------------------------
f:id:tomokusa_mei:20180629160342j:image

道に落ちている素敵なものを家に持ってかえる。

 

河原の石の輝きを戻す術はとうとうわからないままだったけれど、写真であれば色味や光に調整を加えて、出会いがしらの衝撃を再現できるから気に入っている。

 

「みてみてみて!」と自慢していた対象が母親から見知らぬひとに変わっただけで、わたしの性質は子供のころからなにひとつ変わっていない (今でも貝殻や石ころを拾ったりするし) 。

 

努力とはかっこわるいものなので

f:id:tomokusa_mei:20180629133325j:image

目標をたてても成功させた試しがない、こらえ性のないわたしが運動を続けるうえでの決め事はたったひとつ「気が向いたらやる」。

 

興がのれば毎日走るし、そうかとおもえば体が重くて家から一歩も出ないなんてこともざらにある。

 

ストレッチ ⇒ ラジオ体操 ⇒ 筋トレ ⇒ サイクリングの順に手を出して、最終的にはランニングにたどりつき、これらを気分に合わせて気ままにやっている。

 

----------------------------------------------------------------

ランニング

---------------------------------------------------------------- 

5~10分を週一(時間を決めたら嫌になるのので、これも気分次第)のペースで走っている。

 

そんな地味な習慣であっても、体というものは変化するらしい。苦しすぎて途中徒歩をはさむことも、今ではほとんどなくなった。

 

ランニング・ジョギングのコースは、家を拠点に周回するように組むべし」と、以前ラジオで聞き知った。疲れたらすぐに帰れるようにしておいて、体を動かす心理的ハードルを下げる効果があるという。

 

いつでもはじめられ、いつでも終われる。が、ここでやっかいな問題がひとつ。

 " 住宅街は人目につきやすい

----------------------------------------------------------------

自分はなんて恰好わるいんだろう…

---------------------------------------------------------------- 

わたしは自分の外見があまり好きではない。

 

それをひとに見られることはもっと好きでない。「そんな体のやつがいかにも " 運動してます " って恰好で走ってんじゃねえ!」って道行くひとに思われてる気がしてくる。

 

みっともない! 

かっこわるい! 

はずかしい!

 

これは「太っているから」「スタイルが悪いから」「ださいスポーツウェアだから」ーそういう " 見た目 " の問題でないからやっかいだ。

 おそらく、スタイル抜群になったところで「お前なんかがそんな体つきでいきりやがって」と心の内の罵詈雑言は止まらないのだ。

 

 " 自分はかっこわるい "

 

より正確に言い表すならば、 " 自分だけがかっこわるい " 

----------------------------------------------------------------

生きるってのは恰好わるいことの連続だ

---------------------------------------------------------------- 

よそさまの生き筋であれば、見られるのはほんの一部。好き好んで恰好わるいところを見せるわけはないから、長い人生のうち、わたしが目にするのは日の当たった場面ばかりと言えるかもしれない。

 

それが自分の人生となると、どうしたって日陰を見ないわけにはいかない。そして強く印象に残るのは、そういう日の当たらない部分ー後悔や心の傷だったりする。

 

恰好いい人生と恰好わるい人生があるのではないのだから、ひとを羨むのは見当違いなのである。

そうとは知らず、「あのひとみたいに!」と憧れて、「到底なれない…」と落ち込んでを繰り返してきた。実際には憧れのあのひとも「自分の人生、格好わるいな」と落ち込んでいるのかもしれない。

 

努力は恰好わるい

 

そりゃそうだ。現時点で無理なことを手に入れようとするのが努力で、苦しいし、なりふりかまっていられないんだから。ランニングだって、苦しいし汗かくし体は重いしで、もう全然かっこよくない。

 

けれど、自分が努力する姿を「恰好わるい」と考えているのは、わたしだけじゃないはず。みんな自分の恰好のわるさに苦しんで、それでも「変わりたい」と努力する。

 

わたしは色んなひとに馬鹿にされたし、笑われもした。恰好わるい半生を送ってきた。

つまり「ずっと努力してきた」。それはきっと、これからもそう。

----------------------------------------------------------------

まとめ

---------------------------------------------------------------- 

筋肉つけたい、強くなりたい。そう思って住宅街を走ってる自分は、ちょっと筋肉と体力がついたとはいえ、あいかわらず恰好わるいとおもう。

 

そういうもんなんだと開き直ってみると、人目が気になりはしても、怖くはなくなった。

 

通りすがる人、全員に「恰好わるい」とおもわれたとしても、それは努力の証、理想に近づいている証明なのだから、わたしは胸をはって走るだけだ。

 

 

旅にまつわる記憶と本と

年明けに1週間ばかり帰郷した。

 

そのとき、名古屋での3年余りの日々が頭からすこーんと抜けおち、「あなたは四国から一歩もでてなかったんですよ」と記憶が書きかえられていくような、不思議な感覚を味わった。就職も退職も、フリーターとしての毎日も、ほんとうはただの夢だったんじゃ?

 

山と川に包囲された生まれ故郷に起きた変化といえば、コンビニの数が増えるくらいのものだった。まぁ花や木は刻一刻と成長し移ろっているのだから、細かくみていけば変化の数はむしろ都市部より多いのかもしれないけれど。

 

燃えるような夕焼け、テトラポッドで砕ける波しぶき、土にかえるまえの草のにおい、暗闇になにものかを見出せそうな静かな夜。

 

わたしにはそのどれもが新鮮さにかけ、言い換えればつまり「なつかしい」ということ。からだの外側で淡くたゆたっているような記憶だから、もしかしたらこの身が朽ちても忘れられないのかも、なんておもった。

 

 

----------------------------------------------------------------

放浪のはじまり

----------------------------------------------------------------

「旅をする」とは、記憶の鍵を各地に隠してまわるようなものだ。

 

再訪したおりに過去に訪れたときの記憶を鮮明に思い出すこともあれば、文化も気候も異なる土地で「あっ!ここは××に似ているぞ!」と唐突に記憶の蓋が開くこともある。

 

路地の一角、海をみわたせる丘、坂のつらなる住宅地、初めて訪れた場所で得る既視感の糸を頼りに過去をたぐりよせ、元となる似た場所に辿りつくことを、好んでしょっちゅうやっている。

 

先日訪れた山間の神社は、まるきり京都の雰囲気だった。「なにがしかの矜持をもっていて、客に媚びない」というのがふたつの共通点だ。自分はそういう場所に惹かれる性分であるらしい。

 

ところで、わたしはGoogleMapで来訪済みの場所をチェックするのが好きである。

f:id:tomokusa_mei:20180413221503j:image

これまで旅したことのある土地は21都道府県 + オーストラリア・フィリピン。通りすがった土地も含めればもう少し多くなる。

f:id:tomokusa_mei:20180413221525j:image

ながらく出身地である高知県にとどまっていたので、西日本に打たれたマークが圧倒的に多い。

 

旅に目覚めたのは大学2年の春を目前にひかえた3月のこと。それから7年(最近遠出はしてないので正確には4年)の内に21都道府県をまわったのだから、けっこう出歩いている方ではないかしら?

 

 

----------------------------------------------------------------

山陽の車窓と奥華子

----------------------------------------------------------------

「高速バス」というものの存在をはじめて知ったのは、大学に入ってすぐだった。

 

大型バスに乗る機会といえば修学旅行である。あの大きなバスは「みんなで乗るもの」であって、個人でしかも自分のような未成年も利用できるということが、最初は信じがたかった。

 

1回生のわたしは知人をたずねるために、しばしば高速バスを利用した。

わたしは子供の時分から車窓の風景というものがとても好きであり、19歳になってもその性分はすたれず、広島までの片道4時間、ひたすら外を眺めてははしゃいでいた。今おもうと何がそんなに面白かったのか不思議なのだが、眠りもせず本を読んだりもしていなかったようにおもう。

 

窓側の座席に座り、当時愛用していたSONYウォークマン(用水路で水没させ壊した)ではもっぱら奥華子を聞いていた。

その後、広島の知人とはひと悶着あり、かの人は「二度と会いたくない人ランキング」の上位にみごとランクインを果たしたのであるが、その苦い思い出と奥華子のメロディーはわたしのなかですっかり結びついてしまった。

ラジオなんかで聞いたりすると、思わず耳を塞ぎたくなるくらいには今でも苦手…。

 

 

----------------------------------------------------------------

ひとり旅デビュー

----------------------------------------------------------------

高速バスの予約にもすっかり慣れた2回生の冬。「ひとり旅」を決意した。

 

とはいえ、当時なにをおもってそこへ至ったかは定かでない (書きとり癖は未発症だった) 。憶測でしかないのだが、おそらくわたしはひとりになりたかった。見知った土地、見知ったひとの視線から自由になってみたかった。

心のうちを言語化する術にいまほど長けておらず、無意識下で醸造されるネガティブな感情、不安や憎しみといったものの対象から距離をとることで、どうにかしたかったのではないかとおもう。

 

この旅以降、数か月おきに発動する「遠くへ行きたい」という衝動は年々強くなっていく。わたしにとって旅とは、娯楽よりも治療にちかい代物だった。

 

 

----------------------------------------------------------------

本に背中を押され

----------------------------------------------------------------

ひとりで旅に出る。

 

慣れたいまとなってはなんてことはないのだが、当時の、まだ高知県でしか住まったことのないわたしにとっては大それた夢だった。自分で旅程を組んだこともなければ、ホテルをとったこともなかったのである。

 

興味をいだきつつも、若干のおそれに手をこまねいていたわたしの最後のハードルをぐんと下げてくれたのが、たかぎなおこ「ひとりたび1年生」だった。

エッセイ漫画という存在を知ったのは、この本が最初だったようにおもう。作者はねっからのひとり好きというわけではなく、ときにさみしがり、失敗しながら、自分なりの旅のおもしろさを見つけていくさまが微笑ましくおもしろかった。

 

大学生であれば仲間とともに西へ東へ遊びまわっていたのでは?とおもわれる読者の方もいらっしゃるかもしれない。

 

しかし、わたしは華やかな大学生像とはかけ離れた生活をしていた。ひとりでご飯をつつくのを恥としていた可愛らしい時期ははやばやと去り、誰もわたしなぞに注目してはいないと気付いたのちは、だんだんとどうどうと「ひとり」を謳歌した。

 

それは中学・高校と部活に勉強にと忙しかったわたしがはじめて手にした「自由な時間」でもあった(この時期にさぼることも覚えた)。ひとりで何をしていたかと言えば、本を貪り読んでいた。

 

そして件の「ひとりたび1年生」に出会った。図書館に置いてあった同作者の本のすべてに目を通し、近くに置いてあったまっぷるに手を伸ばしたんじゃなかったかな?

 

 

----------------------------------------------------------------

2次元の旅

----------------------------------------------------------------

幼少期にさかのぼれば、こんな本からもわたしは影響を受けている。

 

こげぱん―北海道ぶらり旅日記

こげぱん―北海道ぶらり旅日記

 

こげぱんの作者が北海道を巡る珍道中を情緒あふれるイラスト(なんと全編カラー!)でつづっている。絵本というにはなんとも贅沢な一品。

 

この本の持ち主は妹だったのだけれど、貸してもらっては隅から隅まで、何度も目を通した。

 

出てくる食べもの食べもの美味しそうで、草原のイラストからは草いきれをかぎとれるような気さえした。

 

先日、久しぶりに実家の本棚から引っ張り出してみたのだが、要所要所で当時どんな感想を抱いたか鮮明に思い出して驚いた!しかもそれに負けず劣らず「おいしそう」「たのしそう」とワクワクさせられっぱなしなのである。

情報は古びるが、感動は劣化しない。紙面に踊っているのは作者の心の躍動であり、それはこの先何年経とうと、ページをめくる読者を北海道の大地へ誘うだろう。

 

「旅とはとかくおもしろいものだ」

 

山と川に閉じこめられた場所で育った幼いわたしに、そんな素敵な刷り込みを与えてくれた大事な一冊である。

 

 

----------------------------------------------------------------

へなちょこフリーター流・旅の3か条

----------------------------------------------------------------

旅のさなかではいくつも失敗をした。バスに乗り遅れ、道にまよい、疲れ果てて動けなくなったり。少しずつ慣れて、荷造りもすっかりはやくなった。わたしがこころがかえていることをご紹介する。

 

①旅程は16時に切りあげるつもりで組むべし

名所はおさえるべきだし、せっかくだから展覧会にも行きたい、特産品はもちろん食べたいし、単館上映の映画だって見たい!…最初はそんな「せっかくおばけ」に取り憑かれていたわたしも、いろいろ試して分別もつき、欲張らない方がよいとわかってきた。

 

午前と午後で1か所ずつ。予定があればまわりたい場所をピックアップしておき、あとは当日の体調や天気と要相談、といった具合。

 

こうしておくと気兼ねなく寄り道ができるし、16時とおもっていてもなんやかんやで夜になるものである。

 

 

②腹が空いたらすぐ食べるべし

腹がすくと心に余裕がなくなる。

 

とくに誰かと連れだっている場合には、空腹にはよくよく気を配らなくてはならない。諍いのもとである。

 

そして「せっかくだから」と見逃したが最後、飲食店・コンビニさえなくなってしまったというのも旅先ではもっとも忌む状況のひとつである。あの心細さったらあない。

 

腹が空いたらコンビニだろうがチェーン店だろうが、すぐ入るようにしている。そしてもしも「せっかくだからおばけ」に踊らされたときのために、携帯食・水分を常備しておくと安心だ。

 

③直観に従うべし

事前に決めておいた旅程を踏むのも楽しいが、のちのち振り返って味をかみしめるのは「偶然の寄り道」だったりする。

 

頭で理屈をこねたことはよく嘘をつく。

自分の考えでありながら、世間体というものをたぶんに含んでいるからだ。

 

その点、直感・無意識はまぎれもなく「自分だけの経験則」である。「自分を喜ばせる」その一点に関しては決して間違わない。直観に信頼をおくようになってからというもの、充実した旅を楽しめるようになった。

 

----------------------------------------------------------------

まとめ

----------------------------------------------------------------

愛知は名古屋の大都会で暮らすうち、わたしの内に眠る、旅という名の獣はじょじょに鳴りをひそめていった。昨年など、夏に一度三重に出かけたくらいである。

 

「ここではないどこかへ行きたい」の " ここ " とは、 " 日常 " という漠然としたものではなく、高知県という片田舎、わたしが生まれてから1度も離れたことのなかった、山と川しかない " あの土地 " のこと、だったのだろう。

 

それが最近、獣がもぞもぞ寝返りをうっている。ときおり鳴いてもみせる。前とおなじに「遠くへ行きたい」と。名古屋に住まいだしてまる3年。ようやく" ここ " へ深く根をはれたという印だろうか?

 

今年の夏は18切符をつかっての気ままな列車旅を計画している。それとは別に桃狩りにも行きたい(もぎたての桃は格別だそうなのである)。獣が深い眠りにおちるまで、わたしはふらふら旅しつづけるだろう。