へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

ひとりとひとりでいるだけなら、家から出てくるんじゃなかったな

わたしに嫌いと言われてきずつく人なら、とっくに好きになっていた。

 

始めて顔を合わせた喫茶店で、苦笑いを浮かべたSさんに言われた。

 " 嫌いって言葉は自分に返ってくるから、言わないほうがいいよ "

なにかと気にかけてくれる人だったのだけれど、あいにくわたしは気ままなフリーター。困りごとをぶらさげておらず、くりだされる善意を両の手から溢れさせ、ただ、へらへら、笑っていた。

 

思い通りに動かしてやろう、そのために今はこいつを気持ちよくしておいてやろう。

 

そういう算段は透けてみえるものだし、自分が正解の側にいられる安堵に体を乗っ取られていて、ここが戦場なら、あなた、すぐにでも殺されてしまいそう。

 

新品の500円玉みたいにぎらぎらした、労りや褒め言葉でくるんでやろうやろうと近づいてくるひとたちは、みんなおんなじ " 良い人の顔 " に筋肉がひきつれている。

 

マニュアルどおりに心配されて、マニュアルどおりにありがとうございます、って返す。本音から遠く離れたところで使われて、上滑りしてく言葉。ひとりとひとりでいるだけなら、家から出てくるんじゃなかったな。

 

その虚しさに比べたら、あとに続く関係がどんなに殺伐としようとも、「嫌いです」って伝えるほうがよくないですか?

 

好意でも嫌悪でも何でもいいから、わたしとあなたがここにいる、その意味が確かにあると、どうせならおもっていたいのです。

 

 

わかりやすい世界をのぞんでます

風船どうしをこすりあわせたときの、あの、ぎじぎじした嫌な感じが靴のなかでする。正体はサンダルでこしらえた豆、なんだけど、肉にあるまじきこの音は、足裏がこれから徐々に無機物と化してく序章にすぎないのかもしれない…… ( 2日後、無事肉にもどった ) 。

 

名古屋にあって、前まで住んでた四国になかった、それは " 音 " なんだよね。

 

共感が集まってたツイートに「田舎は静かってのは幻想です!蛙の鳴き声とかまじでうるさいから!」っていうのがあって、たしかにあやつら大合唱ではあるけども、べつに騒音ではなくないか?

 

デシベルの話でいえば、蛙も、セミとか増水した川とかあったんだろうけど、わたしが「うるさい」と苛立つとき、そこにはいつも " 人 " がいて、つまりは「自分以外の人間消えろ!」っておもっちゃってる。気配だけ、あ、あと利便性も残して、とっとといなくなってくれれば……。

 

ひとがたくさんいるところで、ひとりぽっちになりたい。

 

自分だけを大切にしてればいいんだから、誰にどう思われるかを除けば、そこにはもう心地よさしかない。生きるため半永久的に特定の人物にそばにいてほしい気持ち、わたしにはないなあ。

 

踏切の甲高い音、列車に乗ってれば気になりようがない。わたしのためには注意が要っても、あなたが道を渡るときは黙していてほしいのです。

 

現代でも、ぎりぎりアウトな生感。

 

自分とおなじように他人を大切にしようとすると、なんでわたし生きてんの?って死にたくなって、いっそあいつを殺そうか、が仕様。理不尽なこと言ってるくらいで、ちょうど人に優しくなれてる、はず。

 

とがったものから始める

ここ数日、ブログで嘘をついてみています。

楽しいってだけで書いてもいいのかなって、語感と雰囲気優先してみてる。


愉快な嘘は、他人にむけてじゃないとつけないんですよ。公にむけて書いてて、一等楽しい瞬間かもしれない。ひとつまみの後ろめたさに引きたてられた、なんとも罪な味は、黒板消しを扉にはさむときの悪意に似ている。


最果タヒのエッセイを参考にしてみてる。ひとつの話題が川だとして、水質はちがうとしても、川幅と蛇行具合を真似る感じで(どんな感じだ)。


肌をくっとひかれるような、外界のとがったものから始める。皮膚の緊張が途切れない速さで、舌のくぼみが気持ちよくなるところへ歩いていき、無事に腰を落ち着けられたらミッションコンプリートーーてな具合に、触覚を頼りに書いている節が、実はあります。

 

なんなん?お前らの「好き」は!?

コンクリートや水面が空色に染まっていると、なんか、ほっとする。海の、安易に触れたら、命奪われそうなところが好きだし、やっぱり、青とも灰とも言い切れない、あの色合いが好きなんだろうな。赤や黄いの水たまりだったら「あれ見てるとホットドッグ食べたくならない?」とか言ってそう(それはそれできっと好き)。


恋愛をとりあつかった物語に、告白は欠かせない山場で見せ場、手を取りあう恋人たちは幸せの象徴だ。けどさ、実際の生活における「好き」って、随分と俗物のにおいがしやしませんか?言葉単体に抱くイメージは、ショーウィンドウに並べられたつつましい洋生菓子。実際はといえば、コンビニレジ横でぐちゃっとなってる1個98円の饅頭みたい。


付き合っていた男から「俺と別れるって、それでなんでお前生きてんの?」と問われ絶句した春。

既婚男性(20歳年上)から「好きだからキスしてもいい?」のあと「断ってもらえて安心した」と恥ずかしそうに言われた夏。


わたしは、切に切に、問いたかったーーなんなん?お前らの「好き」は!?

「好き」って、あなたを大事にします、一択でなかったの!? 

 

泣いたり泣いたり泣きじゃくりながら「好意の定義はどうやらひとつじゃないらしい」ということがわかってしまって、わかりたくなかった・わかってよかったの間に立って、胃の腑が、虫の蛹の中身みたいにぐちゃぐちゃになった。


「好きだから」つまり純粋な気持ちだから、これを理由にすれば、相手を傷つけたってかまわない。だって好きなんだもんーーそう考えている人間は一定数いる。


綺麗だし、強い言葉だ。性欲だって、独占欲だって、「好き!」のひと言にこめてしまえる。


復縁したがってた男の吐く「好き」は「死ね」で、既婚者のそれは「僕を父・夫の役からおろしてくれ」だった。わかりやすくそう言ってくれれば、渾身の右ストレートを決めてやれたのに。


本当を言わないと叶わないし、欲望をコーティングした穴からときどき漏れる、腐臭の責任とれなくなる。


なるべく汚いままでいて、嫌われたら、あ、やっぱ臭かったかあ、って反省しながら生きてたいとかおもいながら、軽率に綱わたり、LINEとかしてる。

 

 

昼も夜もひびきわたっていた

どぼんととびこんだ先に、うろこのない魚がいた。

 

小指くらいの大きさで、水に濡れた石の色をしている。手を伸ばしたらつかまえられるだろうか。そうおもっただけ、だのに、くっ!と力をこめて魚の尾ははね、みどりの淵へまぎれて、消えた。

 

泳ぐ、水中を進む、ということよりも、川そのものに溶けてしまえる彼らの色や小ささに憧れていた気がする。

 

深くに潜っても、視界を横切るわたしの手は、淵の暗さに比べれば白と言ってもいいくらいで、腐らなければここへ還ることはできないのだなあ。

 

放水サイレンの鳴らない土地に暮らす。そんな未来、おもってもなかった。

 

雨が降ると、昼も夜も谷中にひびきわたっていた。

 

あまりに記憶とむすびついているから、こちらに越してきてから、雨は一度も降ってないんじゃないか。そんな気さえする。

 

やさしいひとはうそつきに似てる

夜になると葉を閉じるからネムノキなのだと、いつか、背の高い男のひとが言っていた。

 

わたしはてっきり、薄桃色の、いまにも風にさらわれそうな花房が、山辺にふわりうかぶさまがまるで夢みたいで、そう呼ぶんだとおもっていたから、教えてもらった礼も忘れて、ぽかんと、ほおけていた。


やさしいひとはうそつきに似てる。


そこいら中の緑色した深呼吸に、1番に肌をさらすのはわたし、2番目はツバメの子たち。それから、目のあかない妹と、とっくに死んでしまった父というひと。

 

当然に白かった呼気が、154768番目ではすっかり薄まってしまって、もとからすっかり色とかなかったですって顔で、スコップ遊びに夢中の女の子の鼻をあそばせている。クロワッサン食べ終わるまで、錆びたベンチでずっと見てた。


あの、と声をかければふりむく距離で、大丈夫ですか?と、心配とかしてみようとおもったんです。

 

大人だから、こどもじゃないから、それ以前に、めんどうごとは突然の雨よりも嫌いで、好意を伝えるに等しいとも知っていて、それでも、聞けないんだからつくづく、人間らしさの設定が致命的。


それでもいいやって思ってるとこなんか特に。


耳を塞いで電車に乗ると、建物がプラモデルになるんですよ。世界が、手のひらにおさまりそうに、ちぢこまってしまったみたい。

 

体以外なにもないような感覚。むかし、プールの底に手をついたときの心細さは、音のないせいだったんだね。

 

ごーごー、ごぼごぼいう、ひとりぼっちを聞きたくなくて、みんなフェスとか、行くのかもしれないね。

 

 

氷の音

ひかりに、水がういている。お月さまにもみえる、琥珀色の余白に影をうつしてあそぶのだ。

 

ひとつふたつと並んだ、冷たい夜の小部屋のひとつに寝転がって、目を閉じたあとの世界をそうぞうしてみる。

 

透明な袋にさげた食パン、ふりあげたさきに、顔が、あった。白い龍。くわっと口をかっぴらいて、東に隠れる雲の子たちをひとつふたつ、飲みほす。細切れになる。扉を閉めるまえにも一度のぞくと、海だけに、なっていた。

 

つかれたなーとか、あついなーとか、かばんに入れた日傘のことを忘れてたなーとか考えていたら、灰色のビルからいつもの音。

 

氷の音。

 

その鈴は、きっと氷でできていて、どんなにか透きとおっているだろう。

 

風のある日はいつも、ビルの角で耳をのばすのだけれど、どの階を観察しても、窓辺でレースがただただ揺れるばかりなことに、わたしは安心しきっている。

 

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