へなちょこフリーター日記

”楽に・楽しく” 生きるを提案するブログ。

心に武士を飼え!〜対人ストレス解消方法〜

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対人ストレスが激減するかもしれない「脳内血祭り戦法」と「心に武士作戦」を紹介する。字面は荒っぽいけれど、効果は保証します。

なんか知らんけど生きづらい、人が嫌いなわけじゃないのにひとりでいると安心する、ってな感じの人のお役に立てるはず。

 

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HSPという言葉をご存知だろうか?

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Highly Sensitive Person、日本語に訳すと「とても敏感な人」。

 

音・食べ物・人間関係などといった周辺環境からつよく刺激を受け、ときには生活に支障をきたすこともある。

 

先天的な気質であり、人口の15〜20%ほどがHSPであるという。

 

かくいうわたしもHSPだ。長沼睦雄『「敏感すぎる自分」を好きになれる本』のどのページにおいても頷くことしきり。チェックリストでは24項目中・19項目当てはまった。

 

HSPとは何か?対処法は?など詳しくは本を見てもらうとして…今回はわたしが編み出した「他人との間に境界線を作る方法」を紹介させていただきたい。

 

 

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境界線とは?

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私たちは、自分と他人との間に目に見えない境界線を持って生きています。この境界線があるおかげで、相手の考えや心を自分の中に過度に入り込ませないですむのです。こうして私たちは自分自身を無意識のうちに守っているのです。

『「敏感すぎる自分」を好きになれる本』より

 

まあ簡単に言ってしまえば、他人と自分を区別する機能。生まれもった性質に加え、満足に自己主張できない環境で育つと、この境界線が薄い大人となる。よく言えば人の気持ちのわかるひとだが、他人の感情に振り回され、精神的疲労を抱えやすいという問題点がある。

 

本当は「Aさんの意思」なのに「自分の意思」だと取り違え、「自分のため」にと行動した結果、1番損をしたのは自分だった、なんてことがザラに起こる人生を歩んできた。

 

「自分のために」やったことで毎度瀕死に陥るんだから、どうやれば生きづらさから抜け出せるのか見当がつかなかった。

 

自分は他人との境界線が薄い」わたしにとってこの発見は画期的で、「相手のために」生きてるからしんどかったんだと、苦しみの本当の原因に至れたことは、幸福としか言いようがない。

 

そこからあれこれ試行錯誤し、徐々に境界線の厚みは増してきたのだけれど…。

最近職場に苦手なタイプ=「自分は正しいと信じて疑わない」人間が出現。関わる時間に比例して、布団に横たわる時間は日に日に伸びていった…わたしはブログ書いたり本読んだりしたいんじゃ!あんなやつに余暇を奪われてたまるか!!

 

境界線の増強急務!なんとも暴力的なそのアイディアがふっとおりてきたのは、重い体を引きずりようよう帰宅しながら、頭の中で元凶の人物をタコ殴りにしていたときのことだった。

 

そうだ、やられたあとじゃなくて、殺す気で対峙してはどうだろう?

 

それが、心に1匹の侍を住まわせてみるという奇策のはじまりであった。

 

 

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脳内血祭り戦法

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境界線を構築する最終奥義「心に武士作戦」。まずはその前身である「脳内血祭り戦法」について話しておきたい。

 

嫌いな人物を頭の中で具現化したのち、銃を乱射、刀を振り回し、とにかく血祭りにあげる。それが「脳内血祭り戦法」である。

 

愛想笑いを浮かべながら、仕事をしながらでもできるので、2年ほど前から重宝している。なるべく傷ついた直後にやると効果が高い、気がする。

 

頭の中では何をしようがかまわない。

 

おそらく、境界線が強固であれば危害を加える他人を敵とみなし、攻撃または防御の態勢をとることが容易にできる。

 

一方で、わたしのように境界線が薄い人間は、他人を敵と断定することが難しい。

刺されようが叩かれようが「でもわたしにも悪いとこあるから反省!反省(てへ!)」と暴力を容認し、あと一手で死ぬ、という間際になってようやく「あれ?あの人もしかして敵??」と気づく。

 

あなたはわたし、わたしはあなた。わたしがわたしを生かすのは当然で、だからあなたもわたしを殺すはずないよね?という価値観のもと他人を見る。何度傷つき、殺されかけても、だ。

境界線が薄いとはそういうこと…守りが弱すぎる。

 

脳内血祭り戦法は「他人を敵とみなす訓練」なのである。殺す気でいって初めて「嫌なやつを擁護する自分」を打ち倒し、守りに転ずることができる。

しかしこの戦法には大きな欠点が。事後対応なので、傷すなわち心的ストレスを完全には防げないのだ。

 

この短所を補って生まれたのが「心に武士作戦」である。

 

 

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心に猛々しい武士を!

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胸の中心に、剥き身の刀を構えた武士を思い浮かべる。「なんであろうと切る!」ありあまる彼の気迫は、赤い炎となって両の瞳から漏れている。

 

上司のつまらないダジャレ「殺す!

気遣いの感じられない指示「死ね!

理不尽な振る舞い「いてまうぞ!

 

対人あるいは騒音、ままならない状況など、あらゆる外的要因に対し、ちょっとでも「イラッ」ときたのを契機に、心の武士は刀を一閃!目にも留まらぬ速さで、ばっさりざっくり一刀両断。ばったばったとなぎ倒すのである。

 

もちろん表の態度は穏やかなまま、己の内側のみ修羅と化す。

 

これがやってみるとなかなか爽快!

「わたしが悪いのか?」「こんな後ろ暗い感情持つなんて…」と悩む時間がなくなった。

 

あくまで「目の前の一瞬を切る」ので、誰でも彼でもを死ぬほど恨むってわけじゃあないです。怒りが尾を引かないので、むしろ何に怒っていたか忘れるほど。

 

たぶん「境界線がある」とは、心に自分の守護者がいる状態。わたしが意識して生み出した武士と同じ役割を果たす存在が、普通に住まっているのでしょうな。

 

 

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まとめ

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普段から心に武士を飼い、心底腹が立つ対象は脳内で特別に血祭りにあげる。

 

HSPのみなさま、対人ストレスに悩んでいる、自己否定に走りがち、なんだかわからんが生きづらい…そんな方々、ぜひ一度お試しください〜。

 

 

 

「やる気を出せ」はもうやめにしないか?

フリーターになる以前、正社員として潜り込んだ会社には「社長のコピー」が居た。その人を仮に鈴木さんと呼ぶことにしよう。

 

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鈴木さんはいわゆる「できる人」。

 

現場に出ればしゃきしゃき仕事を片付けて、チームをまとめる仕事にも長け、くりりと黒いつぶらな瞳はまるで柴犬のような愛らしさ。加えて愛想・性格よし。非の打ち所がないとはまさに彼のこと。

 

内定をもらう前の研修時、右も左もわからぬわたしが、彼に対して尊敬の眼差しを向けるに半日と経たなかったことは言うまでもない。

 

入社から数ヶ月、補強を重ねた鈴木さんへの信頼や羨望を一瞬で木っ端微塵にしたもの。それは彼の私服姿であった。

 

かきあげた前髪にゴツいサングラスをのせ、白いポロシャツにベージュのスラックス。

 

清潔感はある。似合ってなくもない。おしゃれかは定かではないが、服装に気を遣っていることはわかる。

 

問題は、頭のてっぺんから爪先に至るまで、社長の装いに瓜二つだったことにあった。

 

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好きな人物の服装を真似たくなる気持ちは理解できる。

 

はまった歌手の私服ブランドを解明せんとネットの海に漕ぎ出で、0がひとつふたつみっつと踊る値段を前に断念したことだってある。

 

憧れの人の顔やスタイルに到底追いつけないとはわかっている。けれど才能や実績の模倣に比べれば、同じ服装や持ち物を持つハードルは低く、なんと言っても「あの人と同じものを身につけている」という興奮は、こそばゆくも幸福な気持ちをもたらしてくれる。

 

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ここで「真似される側」の気持ちを想像してみたい。

 

身近な人間、例えば部下が、明らかに自分を模した格好をして現れたとき、みなさんはどんな感想を抱くだろうか?

 

わたしだったら「え?いや、慕ってくれるのは嬉しいけど、やめてくれるかな?」と狼狽せずにはいられないと思うのだけれど…。

 

ユニクロで買ったTシャツが知人もしくは通りすがりの他人とかぶる…気まずい。

 

「わたしたち、愛し合ってます!」自分たちを中心に世界をまわしている、恋人たちのペアルック…なぜ遭遇しただけのこちらが、彼らの分まで頬を染めなければならない?

 

おそろいーそれは芸能人とファンといった特殊な関係性を除くと、一卵性双生児にのみ許される召しものではないかとおもうのだけれども…。

 

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自分とおなじ恰好をした青年を前にして、社長は普段通りに笑っていた。ネタにするでもなく、褒めるでもなく、普段通りに、だ。

 

長時間労働や残業代未払い、中身空っぽの女性尊重、会社を辞するに至った要素は多々あれど、あの現場で生じた言い知れぬ気持ち悪さが決定打となった感はある。

 

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自分のコピーと化す他人をなぜ見過ごせるのだろう?

 

社長の心中が長いこと疑問だったのだけれど、あれほど露骨な例は少ないとは言え、会社という組織内では普通に行われている事例のようだと、一介のアルバイトとして身をやつす生活のなかでだんだん気づいてきた。

 

わたしの勤め先である某レストランでは、日に日に正社員とアルバイトたちの間に亀裂が生じている。

 

「お客様によりよいサービスを提供する」「効率のよい運営をする」最近になって、数々提案された改変案はどれもまっとうに正しいが、「会社をよくしよう!」という社員たちの勢いにアルバイトたちは正直ついていけてない。

 

バイトの働く理由は「お金がほしい」その一点に尽きる。「お客さまのために」はあくまで二の次。そこに考えが至らないらしい社員たちの思考回路が常々不思議でならなかった。

 

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「指導する技術」はどのように研さんされるのだろう?

 

部活動で歳があがると自然と指導する立場になった際、わたしは「教わったように」教えた。学生の頃から他人に教える機会は多けれど「指導方法論」とか習った覚えがない。

 

どう教えれば期待する結果得られるのか?ひとの能力を伸ばせるか?それらの答えは統一されていないようにおもう。

 

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高校時代、指導法について知識を持たなかったなかったわたしは「先輩のコピー」と化した。

 

「先輩みたいに」後輩へ技術や礼儀を指導した。それが伝統を守ることに繋がると信じて。

 

しかし結局のところ、それは失敗であった。2つ下の女の子には横を通り過ぎるだけで怯えた目を向けられるようになった。「教えられた」とも「慕われた」とは最後まで感じられず、自己肯定感のために他人を利用した後ろめたさは十年経ったいまもわたしの内でくすぶっている。

 

あれ以来、「指導すること」について、ひとりもんもんと考えに考え、「正解に近いんではないか」というような答えにたどり着きはしたものの、「正しい指導方法」を人から、もしくは本からでさえ、教わった記憶はいまだにない。

 

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日本の企業でうまく立ち回るためにはどうやら「上の人間のコピー」とならればならないようだ。

 

その仮説が正しいならば、冒頭の " 社長コピー事件 " は事件でもなんでもない、むしろ鈴木さんは会社員の鏡だったと言えよう。

 

社長の模倣をした重役を、役職名のついた社員が模倣し、その社員が部下に、それを模倣した部下が新人に「会社員とはなんたるか」を伝えてまわる。

 

上の立場の人間の思考をトレースし、下の人間にもそうであれと強制するのが「指導」という名前でまかり通っている。

 

そんな空間で「個性を出せ」など、ちゃんちゃらおかしい。

 

バイトとは社員にとって「下の立場」。であるなら、社員の思考をバイトが模倣するのは当たり前と、社員たちが考えることもまた当然。

 

社員が「お客様のために!」と考えるとき、バイトもそう考えて行動する。それが社員たちに見えている世界。そこで文句を言おうものならは「やる気が足りない」と叱責される。考え方、仕事の目的が異なるなんて思いもしないのだ。

 

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上司から「もっとやる気を出せ」と指導を受けた経験があるひとは少なくないだろう。

 

定番の台詞だけれど、よく考えると、やる気の出し方ってよくわからない。具体的に「こう出すんだぞ」と教えてくれたりもしない。

 

相手が自分のコピーであると考えるとき、すなわち、思考・能力を同等とみなすとき、その相手が思うように結果を出せないのなら、何が悪いかというと「やる気・気力」という理屈になる。

 

不得意な分野だったから、たまたま間が悪かったから、体調が悪かった、やり方がわかってなかった、そんな理由が存在するなど露とも思わず「お前はいつも怠けているね」と判断される。

 

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ありがためいわくなアドバイスの大部分も、「わたしのコピーにおなりなさい」ってことで、自分=相手とおもってるからこそ、その人の目的や理想を無視しての対処法を提案するから問題になる。

 

これを踏まえるとアドバイス・指導の正解(かもしれない)が見えてくる。

 

何はなくとも「相手を自分とは別物と考えること」。その上で「相手の目的の把握」もしくは「組織の目的のすり合わせ」をした上で、目的達成のために行動をする。

 

これらは決して簡単ではないが、するにしろされるにせよ、もやもやと不確かだった「指導」という言葉にこれからは振り回されずに済みそうである。

 

名古屋駅にファンタジーはあるか?~真四角の四次元ポケットと桃色の塔~

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iPhone片手に、夕暮れの名古屋駅をふらふら歩いてみた。

 

 

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ビル

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群衆

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まとめ

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1枚目の写真は、ミッドランドスクエアシネマにて映画を見終えた直後に撮った。なにを見たかというと、「体はこども、頭脳はおとな」の口上でおなじみ、名探偵コナンの劇場版。わたしの嗜好の矛先は常にふらふらと彷徨い続け、落ち着くということを知らない。今回も例に漏れず、都会を舞台に繰り広げられる頭脳戦・ド派手なカーアクションにころっと感化され、夕闇に沈みゆくビル間にロマンを感じずにはいられないのでした。

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都会というファンタジーを切りとるべく、帰路につかんと慌ただしい人の群れに勇んで飛び込めば、無機質なガラス面、いつもは耳障りで仕方ない無数の雑談にさえときめいてしまうのだから、まったく不思議な話である。そしてわたしはつくづく単純なつくりをしているようだ。馬鹿といってしまえばそれまでだけれど、視覚が思考を反射する鏡であるなら、単純阿呆でけっこうけっこう。四角四面のお堅い正解よりも、不確かで面白おかしい世界を眺めて食べる団子の方がきっといくらもうまかろう。

 

 

● 名古屋駅

〒450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅1丁目1−4

名古屋・水辺探訪~偽の青から出づるもの~

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愛知は名古屋のはじっこで、夢と現の狭間をさまよってきた。

 

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雨池公園

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八竜緑地

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まとめ

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公園東に植わっているコナラの並木を抜けると、雨池が目に飛び込んできた。瞬間「これはいい写真になる!」と高鳴る鼓動!「わっ!」とか、「ひゃっ!」とか、奇声が漏れていた可能性は否めない。よそものからすればなんとも魅惑的と思える風景も、ご近所の方にとっては「フツーの光景」であろう。ただのつまらない池と捉えているに違いない。その証拠に、池の外周に沿う歩道に人は多けれど、立ち止まって鑑賞しているのはわたしだけであった。サイクルヘルメットをかぶった短パン姿の女が、嬉々としてスマフォをがしゃがしゃ言わせる様は、下校中の小学生や御老人方の目にはどのように映ったであろう…。

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うって変わって八竜緑地は無人の境地。駅から高台の緑地まで多少の距離がある。またわたしが訪れたのが平日であることを鑑みるとしても、これはひと気がなさすぎやしまいか?右足を踏み出せば茂みから頭上から、左足を出せば前から後ろから、カラスが次々飛び立っていくのだから「お休みのところすみません」と次第にこちらが申し訳なくなってくる始末。緑地とは人間の憩いの場ではなかったか?カラスの団地と化してはいるが、どこもかしこも塵ひとつ見当たらず、散策がしやすいようにと枝葉は丁寧に整えられていた…人を迎える気満々ではないか。「緑地たるものこうあるべし!」無人の敷地に身をおくわたしからすれば、その心意気はかえって不気味で、ときおり聞こえてくるキーンという耳鳴りのような何かしらの鳴き声に、背筋を震わせずにはいられなかった。普通ならありえないことも、ここでなら起こりうるやも?日常から空想の世界へ繋がりそうな場所をまたひとつ、名古屋で発見したのでした。

 

 

● 雨池公園

〒463-0029 愛知県名古屋市守山区御膳洞

 

● 八竜緑地

〒463-0021 愛知県名古屋市守山区大森八龍1丁目 名古屋市守山区大森八龍一丁目

ぼくらは神さまになれない。それでも ~名探偵コナン『ゼロの執行人』〜

かつて、神さまになろうとしていた時期があった。

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暴言を吐かれようが笑われようが、奥歯を噛み締めればなんとかなったし、自分自身にみじんこ程度の価値しか見出してなかったから、当然の報いだとおもえばなんだって耐えられた。そんなわたしにも、ひとつだけ耐えられないことがあって、それは他人を傷つけてしまうことだった。

 

他人の優位に立とうと、馬鹿にしたり笑ったり怒りをぶつけたり。そのどれもが衝動的。最低な行為だったと気づくのは1ヶ月も後だったりする。今度こそ真っさらに洗濯できた!そうおもって鏡の前に立ってみるけれど、背中にはべったりと黒いペンキでわたしの本性をさらす文字が躍る。

 

ペンキを落とそうとたらいに浸したシャツはいくらこすろうが黒いまま。水はいくらも濁っておらず、あかぎれて血の滲んだ手のひらを眺め、ようやく諦めをつけた。20代半ばだった。純粋無垢で万能な存在になりたかった。その願いを捨ててはじめてわたしの思春期は終わりを迎えた。

 

わたしたちは無意識に人を傷つけ、地に落ちそうな人をすくあげられない人間として生きていかねばならない。

 

『ゼロの執行人』に登場する降谷零という男は、そんな人間の業を自覚しながら、希望とも絶望ともつかぬ高みへと手を伸ばし続けている。

 

 

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*ネタバレあり!

名探偵コナンからは長らく遠ざかっていた。通常回はまったく追えていない。人物設定など、多々間違っているとはおもいますがご容赦願いたい。

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名探偵コナン=殺人事件」と言ってもいいくらい、彼の少年の住まう米花町では連日連夜死人が出るのだが、今年の映画はこちらの予想を裏切る内容となっていた。

 

国際サミットの会場がその会期を待たずして爆破。その容疑者として眠りの小五郎こと毛利小五郎が逮捕されてしまう。事件に用いられたテクニックの難易度からして小五郎による犯行ではないとコナンらの主張むなしく、次々と証拠が出揃い、窮地に追い込まれてく。その背後に降谷零率いる公安警察が絡んでいると読むコナン「今回の安室(降谷)さんは敵かもしれない…」。複雑に錯綜する思惑に翻弄されながら、コナンは真相を追求していく。

 

冒頭の爆破事件にて警察関係者に死傷者は出るものの、具体的な誰かの命が狙われる描写はない。なぜサミット開催前に爆破が起こったのか?なぜ小五郎は犯人に仕立てあげられたのか?もちろんコナンは犯人を突き止めるべく血道をあげるが、本作品は「Who?」よりも「Why?」に主軸が置かれたストーリーと言えよう。二転三転する事件背景に惹きつけられずにいられない。

 

その中でもことさら「なぜ?」と問わずにはいられなかった人物・降谷零に、今回はせまってみたいと思う。

 

 

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公安警察に所属する降谷零は、他に2つの顔を持っている。

 

毛利小五郎の弟子・安室透、そして黒の組織のコードネーム・バーボン。どちらも潜入調査のために身分を偽った仮の姿である。彼が頭脳明晰・身体能力・人心掌握術に優れている万能超人だとしても、なぜそのようなことをこなしてみせるのか一見不思議でならないが、映画の後半における名台詞「ぼくの恋人はこの国」発言でもわかるよう、彼の言動と「日本を守る」という壮大な目的は切っても切れないようである。

 

 

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電話ボックスにて降谷零として部下と連絡をとるシーンがある。双方がすべての報告を終えたとき、画面左手から朝日が昇り、黒から白へと世界は一変する。

 

印象的な光の演出として、小五郎を弁護することになった橘が初めて本音を剥き出しにするシーンも取り上げておきたい。元恋人の過去を暴かれた彼女は妃弁護士らに対して激昂するが、ビル間からの光を顔に受けて冷静さを取り戻すのだ。そして、彼女がクライマックスにおいて、警察からの譲歩を鬼気迫る表情ではねのけるのもまた、夜なのである。

 

降谷と橘、「目的のために己を偽っている」という点ではあながち遠くない存在ではないかとおもう。

 

人々が自由に振舞う昼間において彼らは本音を吐露することができない立場にある。劇中、降谷は文字通り命をかけて大勢の命を救うのだか、存在を抹消している彼の業績が報じられることはなく、太陽から隠れるように影の中に姿をくらませるのであろう。

 

 

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「なぜ小五郎を巻き込んだのか」というコナンの問いに「君は身内のためなら必死に調査するだろ」と答える降谷。立場上、表立って協力を依頼できない ( 加えて相手は小学生 ) とは言え、このシーンはなんとも切ない。

 

降谷が助けを請えば助けてくれる人はきっと存在する。コナンもそうだろう。けれど彼は助けを請うという選択肢でなく、「相手の力を最大限に引き出す」方を選ぶ。刹那的な問題解決の前進ではなく、問題が確実に解けるアプローチを常に模索しているのだろう。

日本に住まう人々が半永久的に無事であればいい。それが彼の言う「平和」であろうし、目的をとげられるのであれば、不審の目を向けられようと、嫌われようと彼は弁明なぞしないんだろう。

 

 

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 正論は「発言者を正しくする理屈」であることが多いようにおもう。「正しくあれば好かれる・ひとりにならずに済む」からだ。この世界は独り者に厳しいが、それは裏を返せば皆寂しいということ。

 

では、降谷の行う正義とは何を正しているのだろう。彼にとって正しいこととは「日本の平和」である。日本を正しくするために戦う。

 

正しさとは時と場合によって、観察者の立場によって容易く移ろい、確固たる正しさ・正義なんてものは砂漠で出会う蜃気楼のように儚い。常に正しい人間なぞ不可能で、「発言者を正しくする理屈」である正論が時に反感を買うのも道理である。

 

おそらく降谷は正しい結果を導くためなら、己の正しさなぞ必要としない。そういう意味で、誰より正義であろうとする彼が正論を使うことはないんだろう。正しさの曖昧さを理解し、自分の求める正しさが時に間違いになることも理解した上で、それでも彼は「日本の平和」を求めずにいられない。

 

 

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そんな清濁併せもつ彼の気高さに視聴者は惹きつけられてやまないのであるが、「大義のためなら正しいと言われずともかまわない」という信念はしかし、身近な人を傷つけはしないだろうか?

 

親しい人間がはたから非難される様子を黙っていられるほど、人間は強い造りをしているだろうか?

 

日本の平和を願うということ。それは「多くのひとの平穏無事な日常を守りたい」と言い換えることができる。多くのひとの幸せの礎を支えようと奮闘している降谷零。おそらく、彼は他人の不幸から目を背けることができない。彼が身近なひとの幸福を願うとき、「共にあること」よりも「距離を置くこと」を選びとるような気がしてならない(杞憂であってほしい)。

 

 

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前半にも記述した通り、降谷は頭脳明晰・身体能力ともに抜群。それらは努力の賜物という見方もできるが、持って生まれた性質によるところも大きいだろう。仮に警察を辞したとしても、大抵の生き方は選び放題で、そのどれをもそつなくこなしてしまうことは想像に難くない。

 

健全に生きるために、わたしたち人間はある程度の「不可能」を必要としている。乗り越えるべき壁がなければ、なんのために生きているのか?などと、答えのない問いに身をやつすことになる。

 

なんでもできる降谷零にとっては、無理難題ともおもえる「国を守る」というミッションはちょうどいい難易度なのかもしれないと、クライマックスのカーアクションの様子を見るにつけ考えずにはいられない。彼、明らかにわくわくしてしまっているじゃないか。ド派手なアクションシーンは劇場版コナンの見どころのひとつであるが、問題に立ち向かうコナン少年から、あのような高揚感を見て取ったことは未だかつてない。

 

人並みに穏やかな生活を送っていた元CIAの腕利きエージェントが、ひょんなことから現場に戻ってきてしまう映画「RED」のように、一度現場を離れたとしても、きっと降谷零は不可能という刺激を求めて渦中に舞い戻ってくるに違いない。可能性0パーセントに立ち向かう仕事=公安警察は、彼が生きるために見出した唯一の道なのかもしれない。

 

 

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できる人間は、正しくありたい人間から疎まれがちだ。また、壮大な夢の探求者は周囲から笑いものにされるってのも世の常。「国を守る」なんて「ヒーローになる」と言っているのと大して変わらない。時には冷徹な態度を示す降谷が、そこら辺の一般人よりも純真無垢とは面白い。

 

もしも彼が国を守ることを心に決めたのが幼少期であったなら、環境によっては馬鹿にされ、価値観の異なる周囲との折り合いにかられて自然と人心掌握術を身につけていったのやも、なんて空想すると楽しくなってくる。

 

蘭の安全を気にかけるコナンに対し「愛は偉大だな」と声をかけていることからもわかる通り、彼はコナンの行動原理を正しく読み取ったうえで調査に巻き込んでいるのだ。他人の行動原理・生きる目的を把握することに長けているのだろう。相手の目的を阻害せず、むしろ叶えてやりながら利用するのだとしたら、降谷零、おそろしい男である。

 

 

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降谷零が守っているものとは「日本の未来」なのであろう。

 

いっとき傷ついたとしても立ち直る強さ、谷底にやがて陽が差すことを知っていなければ決してできない。ひとつひとつの事件が解決を迎えても、彼が「国を救った」と実感することはないだろう。すべては移ろうこの世において、完全なる平和などあり得ないのだから。

 

彼が挑むのは果てのない戦いである。時に負けても、最後は必ず白に転じてみせる。その凄みに否応なく、人は惹かれてしまうのではなかろうか。

 

 

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名探偵コナンとは「不可能を可能にするストーリー」である。


主役のコナンは実年齢にせよまだ10代。すべての勢いの理由に若さをもってきたくなるが、降谷零は立派なアラサー。しかし彼も諦めるということを知らない。

 

不可能をゼロにできる可能性は0%。だから彼らは命を懸ける。あの世界の人物たちは、どうやら戦い続ける宿命にあるようだ。

 

iPhoneでかっこいい写真を撮る方法

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ブログの写真はすべてiPhoneで撮影している。自分でいうのもなんだけれど、「神がかってる…!」と思わずにはいられない代物が撮れることが最近増えた。気軽にできる楽しい趣味なので、色んなひとにやってもらえたら…そこで!撮影と編集のポイントをまとめてみた。

 

 

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カメラの設定

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グリッド線を表示する

●「設定」⇒「カメラ」⇒「グリッド」にチェック

カメラアプリを立ち上げた際、撮影画面を9分割にする線が表示され、構図をとるのに役立つ。まっすぐな水平・地平線を意識するだけでも見栄えは違ってくる。

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フィルタを保持する

●「設定」⇒「設定を保持」で「フィルタ」にチェック

撮影画面で選んだフィルタがかかった状態での撮影が可能になる。iPhoneには9つのフィルタがある。特定の色合いでの完成イメージを確認しながら撮るのに役立つ。

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これにて設定は完了!続いては、Before・Afterの写真とともに編集のポイントを解説する。

 

 

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食べ物

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基本的にiPhone備え付けの機能のみで編集をおこなっている(コラージュにはPerfect Imageを使用)。「ブリリアン露出コントラスト彩度」の4つを触るだけで、写真の雰囲気はぐっとよくなる。

 

 " 写真は緊張させるべし " 

 

線はまっすぐ、色味をはっきりまたは統一し、シャキッとパキッとさせるのがポイント!…まあ、わたしの自論でありますが(笑)。「肉眼で見た感覚」をゴールに設定し編集することにしている。「色を鮮明に」「対象を目立たせる」「ファンタジックなイメージ」など、ある程度の完成系を目指すようにすると編集迷子になりにくいかもしれない。

 

 

① ケーキ
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● フィルター:ドラマチック

● 露出:0.68、コントラスト:0.7、彩度:0.64

薄暗い店内で撮影。限られた光源を露出で上げ、チョココーティングの艶やかさを表現。テーブルとチョコの色味を際だてるシックなフィルターを選択。

 

 

うどん *これ以降のフィルタは全て「ビビット

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ブリリアンス:0.34、露出:0.34、コントラスト:0.15、彩度:0.47

奥の窓から午後の自然光。水彩画で水を垂らして馴染ませるような効果として、ブリリアンスをよく使う。麺と具材の境界が曖昧になっている。彩度をあげることで、器の光沢が出ている。

 

 

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順光

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iPhoneカメラの機能を最大限に活かすには「」が肝心。たっぷりあればあるほどよい写真になることが多い。

 


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ブリリアンス:0.34、露出:0.38、コントラスト:0.34、彩度:0.68

名古屋の新堀川。午後の光。順光の場合、各編集項目を同じ値ずつとると、絵面がしゃっきとすることが多い。

 

ショーウィンドウ
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ブリリアンス:0.35、露出:-0.35、コントラスト:0.67、彩度:0.68

水面やガラス面に反射する景色が好きである。露出を下げコントラストを強めにあげて、鏡面に映るものを浮かびあがらせてみた。

 

 

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逆光

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光をめいいっぱい利用できる「逆光iPhoneカメラの強い味方。特に光が透ける植物なんかと相性がいい。コントラストの使い方によって違った雰囲気がつくれて面白い。

 

 

登り釜 A
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ブリリアンス:0.5、露出:0.68、コントラスト:0.53、彩度:0.59

常滑市の登り釜の煙突。こちらはコントラストを上げ、②では下げている。被写体の写真、というよりは「陽光を撮ったといった感じの仕上がり。

 

 

登り釜 B
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ブリリアンス:0.68、露出:0.48、コントラスト:-0.9、彩度:0.7

①に比べ、こちらは煙突の様子がよくわかる。「被写体メインの写真

 

 

街路樹

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ブリリアンス:0.01、露出:1.0、コントラスト:0.91、彩度:0.35

コントラストを強め、陰影を強調。露出を高め、背景の一部を白く飛ばした。

 

 

ネオン *逆光、とはちょっと違うかもしれないが、光源に相対してるのでここに置いとく

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ブリリアンス:0.32、露出:0.33、コントラスト:0.34、彩度:0.68

光を編集することで、垣根に落ちる光が前に出てきた。

 

 

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強い光

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自然光がまんべんなく当たるひらけた場所は絶好の撮影スポット。

 

 

モニュメント
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ブリリアンス:0.16、露出:0.69、コントラスト:-0.12、彩度:0.69

モニュメントのかわいらしさを立たせるため、露出とブリリアンスで光源を高め、コントラストで境界線をぼやけさせて、ほやっとした雰囲気に。

 

 

海A 編集の仕方を変えるだけで、同じ被写体でも違う雰囲気になる。海の写真を3つ例にあげる。
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コントラスト:0.35、彩度:0.69

光は十分なので、コントラストと彩度のみでよい写真になる。

 

 

海B
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ブリリアンス:0.21、露出:-0.21、コントラスト:0.2、彩度:0.35

砕けた波の白さをブリリアンスで拾いあげ、露出とコントラストで波紋を強めに出した。

 

海C
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ブリリアンス:0.08、露出:-0.14、コントラスト:-0.35、彩度:0.69

露出を下げると向こう岸が少し際だった。コントラストを下げ、淡いブルーの可愛らしい風景写真となった。

 

 

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構図をつついたもの

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① 坂道

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● 露出:-0.2、シャドウ:0.23、シャドウ:0.23、ブラックポイント:0.22、彩度:0.81、キャスト:0.45

構図を大きくつつくのは珍しい。この坂を一目見たときのあやしげな雰囲気を再現すべく試行錯誤した。彩度のキャストをさわると色味が統一される。

 

 

狛犬

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ブリリアンス:0.32、露出:0.68、コントラスト:0.27、彩度:0.34

台座をなくす、というちょっとしたことでも、写真から受ける印象は変わる。

 

 

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まとめ

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十年ほど前になるか。蜷川実花の個展に圧倒された勢いで、中古カメラ屋に飛びこんだ。低いシャッター音とともに、手のひらへかすかに伝わる振動は心地よく、さらっと撮った花も景色もなんか知らんけどかっこいい。まるでプロみたいではないか!こうなったら本格的に上達するぞ!そんなこんなでハウツー本を手に取ったのだが、露出がどう、シャッタースピードがなんちゃらといった専門用語を体は拒絶。読みすすめられない…そうして前向きな勘違いは早々に幕を閉じたのだった。

 

iPhoneでの写真が少しは様になってきたので、本屋のカメラコーナーで雑誌をめくって眺めてみた。どうせまたくじけるんやろなあ。諦め半分・期待半分。予想に反し、光をつついたのね、線を強調したのね、って感じになんとなくではあるけれど、書いてあることが理解できた。編集作業をしているうちに自然と写真の基礎が身についたようである。

 

感覚の言語化によって学習速度が上がることを期待して、今回の記事を書くことにした。とはいえ、色んなひとに写真を楽しんでもらいたいってのも事実。アプリのダウンロードもいらない。スマフォひとつあればよい。写真という趣味に興味をもっていただけたなら幸いである。

 

 

写真でめぐる『焼き物のまち・常滑』

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愛知県・知多半島常滑へ行ってまいりました!赤い車体がトレードマークの名鉄に乗りこみまして、一路南へ!焼き物のまち・常滑は、うねうね走る小路のはしばしにかわいいものが次から次、たけのこのごとくひょっこり姿を現す、げに楽しいまちでありました。そんな常滑のもつ5つの顔をまとめてみました。これを見たらあなたも焼き物のまちに行きたくなるかも?

 

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目次

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焼き物エトセトラ

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常滑駅側の「とこなめ招き猫通り」からはじまり、至るところ、ねこねこ、シーサー!
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細道ラビリンス

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ゆるい坂のうねるやきもの散歩道。坂のてっぺん、曲がり角、背の高い草に覆われた畑の脇道。いったいどこへ繋がっているんだろう?突飛な想像は旅を面白くする。
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煙突のある風景

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焼き物業が最盛期を迎えていたころは、ここから吐き出される煙でスズメが真っ黒だったのだとか。赤茶色の塔は周囲の景色によってさまざまに表情を変える。

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壁・塀レインボー

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f:id:tomokusa_mei:20180525175416j:image塀に使われたレンガ・土管の表面が太陽の光を受けて七色に輝く。
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りんくうビーチ

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中部国際空港によって海外ともつながる常滑。歴史ある木造建築とセントレアイオンモール常滑といった先進的な文化も飲みこんで、ぷかり浮いているイメージ。
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まとめ

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名古屋から常滑までは片道600円。へなちょこフリーターにも優しいリーズナブルな日帰り旅行となった。

 

常滑から帰ってから街を見る目が変化した。マンションの壁面、住宅を囲う塀やらが妙に気になるのだ。どこで作られたのか、もしかしたら常滑からはるばるやって来たのでは?何年も素通りしていた風景が好奇心・想像力をくすぐってくる。日常と非日常の境界線がぐにゃり曖昧になる。どうやらその瞬間を求めて、わたしは旅をしているようなのだ。

 

焼き物業に汗を垂らしていた職人たちにとって常滑は生活の場。肩ひじ張らない日常の風景も、余所から訪れた者の目には新鮮で斬新であざやか、いかにも面白く映る。

 

食べ物屋の多さも常滑のいいところ。空の腹を抱えて道に迷うことは、旅先での辛い出来事ワーストワンと言っても過言でないだろう。カフェにパン、たこ焼き、ケーキもある。計画性のなさも方向音痴もおおいに結構。行き当たりばったりが常滑を楽しむ近道なのである。